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世界遺産とロングステイベトナム 2007・11 ベトナム・サパトレッキング

ベトナムでのロングステイは、前回のホーチミン滞在で結論に達し、諦め、飽く迄も一旅行者として楽しむ事に決めて、今回2007年は、三回目の ベトナムとして、少数民族の住むサパを目指しました。
サパへのツァーは、世界遺産・少数民族を扱う日本の専門旅行会社が多く存在しますが、収入ゼロ、未だ年金受給年齢に達していない、早期退職者夫婦の私達には途轍もない高い金額で、ここは、自力で極力安く行くしかありません。

先ずはエァーチケットの確保
10月から11月は、日本のエァーチケットはローシーズンです。
しかし東南アジアは、雨季があけ、これからが観光のハイシーズンで、チケットが格別安い訳でもありません。 特にハノイ直行便は、運行会社が少なくバンコク のような極端な安値は期待出来ません。
結局、買ったのが JAL 正規PEX料金の早割悟空 50,000円でした。
初めてのPEXチケット。しかしメリットは購入・支払いと同時に自宅にチケットが届いただけで、その他はなんら格安航空券との違いはありませんでした。
ホテルの確保
エァーチケットさえ確保してしまえば、後は楽勝、旅の計画はほとんど終わったも同然と、ゆっくりとホテル 検索サイトを調べだして吃驚仰天。ハノイのホテルの高さは異常です。
過去に、ホーチミンに一週間、市民劇場の横と言う好ロケーションの格調あるホテル・コンチネンタルが60$ だったので、ハノイでは旧市内の30ドル程度の中級ホテルを目論んでいたのですが、中級でさえ100ドル近く するのです。
ある程度、ホテル予算をUPして、ロケーションを旧市街に絞り、予約を入れ始めたのですが全滅。
後で解った のですが、10月末から11月は、ヨーロッパ客の怒ピークシーズンで、特に観光に便利な旧市街の中級 ホテルから部屋が埋まって行くそうです。
webで調べると、空いているのは郊外型の超高級ホテルのみの状態でした。

サパへの行き方 ハノイから列車で

現地旅行会社に頼むしかない
サパへの寝台列車チケットの入手の困難さを聞いていたので、ここは現地に詳しい、地元旅行代理店にホテル・ 列車チケット・サパツァーまで頼むしかないと、腹を括りました。
若い頃なら、例え数ドルでも安くする為、何とかなるだろうと出かけていたのですが、流石、50代の夫婦二人連れの旅となるともう、無茶は出来ません。
webで辿り着いたのが、ホーチミンとハノイに店を構えるTNKトラベルJAPANでした。
後は、ここと十数通のメールのやり取りで、漸く旅の計画が出来上がった訳です。

世界遺産とロングステイベトナム サパトレッキング旅の旅程表
旅     程宿  泊
1普通エァーポート成田で空港へ NRT 18:15 JAL751 ⇒ HAN 21:15Chain First Eden
2一日ハノイ市内をブラブラ、 ホテルレイトチェックアウト 夜22:15寝台列車でラオカイへ車中泊
36:00ラオカイ着、 送迎を受けてサパへ混載バス サパ着後ホテルにて朝食
10時、トレッキングスタート、少数民族の村々を歩いて廻り、今晩の宿へ
ホームステイ
4 10時、トレッキングスタート、少数民族の村々を歩いて廻り、国道まで出て、車でサパへ Bambo Sapa
5 朝、混載ミニバスで、日曜市のバックハーへ、午後ラオカイへ戻り国境観光
20:00 寝台列車でハノイへ
車中泊
6 5:00ハノイ駅着 ホテルにアーリーチェックイン 午後ハノイ市内ブラブラ Chain First Eden
7 終日 ハロン湾ツァー 混載マイクロバス Chain First Eden
8 終日 ハノイ市内  ホテルレイトチェックアウト 深夜23:55 JAL752⇒NRT 機内泊
9 7;00成田着 普通通勤快速で鎌倉へ 自宅

旅の予算
内      訳金 額単位
航空券 JAL早割悟空50,000 2100,000
特別燃料加算10,400 220,800
成田空港使用料2,040 24,080
ハノイ空港使用料2,280 24,560
国内JR料金 大船・成田空港往復4,420 28,840
ハノイ中級ホテル3泊+1アリーcheckin+2レイトcheckout297ドル 134,898
ハノイ空港・ホテル間送迎35ドル 28,225
ハノイ発・着 サパ・バクハーツァー(列車ソフトクラス・ホテルランクUP)144ドル 233,840
ハノイ発・着 ハロン湾一日ツァー(日本語ガイド)39ドル 29,165
ハノイ滞在中の食事・タクシー・チップその他経費60ドル 17,050
お土産・妻の個人的コレクション代金80ドル 19,400
総合計    240,858
2007・11旅の時点でのレート 1ドル=117.5円 1ドル=16,000ドン 10,000ドン≒74円
何とか、私達の旅のベーシック予算である、二人で実質現地7日以上の滞在、費用2000ドルで収まる予定がついたので、旅はスタートしました。

サパへの寝台列車
    
ベトナムの列車システム・独自の列車
事前にサパへ向かう列車の情報では、豪華キャビンとソフトクラスベッドがある事は聞いていました。
サパのホテル「ビクトリア」が運行するビクトリアエキスプレスは、このホテルに宿泊する客専用で、 宿泊料金・列車料金・サパのツァー込みで325ドルもする、金持ち団体客用で、 日本で紹介されている、サパツァーはほとんどこれです。
ソフトベッドクラス以外に、幾らかでも安全・快適な列車がないのか、問い合わせた所、「トリコトレーン」・ 「ファンシパン」他数社の独自の列車が走っているとの事でした。
ハノイ駅に着くまで、この独自の意味が理解出来なかったのですが、解りました。ベトナム国有鉄道が運行 ・牽引する列車に、各社独自のキャビンを繋いでいるのです。
列車は、22:15定刻どおり、サパへのゲートシティ中国国境の町へ出発しました。今回の私達の列車は、事前 に追加特別料金で予約した「豪華2ベッドルーム」が前日にキャンセルになり、旅行会社の計らいで、普通ソフトベッド料金で「豪華ファンシパン」になりました、が4人部屋です。
カーテンがない
部屋は木目調で、シーツも毛布も綺麗ですし、トイレ・洗面所は別ですが快適でした。
しかし、4人部屋なのに、普通日本の寝台列車にあるはずのベッドを仕切るカーテンがないのです。当初着替えてから寝る予定でしたが、これでは着たきり雀の状態で寝るしかありません。
幸いな事に、列車が走り始めても、相方の客の現われず、ゆっくりと二人だけで着替えて寝る事が出来ました。 しかし、これは特別ラッキーな状態で、普通は、四人相部屋となる覚悟は必要です。

ラオカイからサパへ
列車は翌日の朝6:00に、中国国境の町「ラオカイ」に到着します。此処からサパまでは、ミニバスで 二時間、ハノイからツァーを予約している場合は、駅前でネームボードを持って待ち構えているので、案内に 沿って指定された車に乗り、予約しているホテルで降ろして呉れます。
バウチャーがない
指定された、「バンブーホテル」に入り、チェックインしようとすると、フロントは、今日の予約はされていないと云い、確かに帳簿上に私達の名前がないのです。「バウチャーをお持ちですか?」と聞かれても、現地旅行会社から渡されたのは、列車のチケットのみで、後はラオカイから先は全て現地にて、手配されているから心配 ない、と聞かされていたのですが・・・・、改めて考えて見れば、予約を証明するバウチャーは渡されていないのです。
さて、どうしよう。ハノイの会社に電話しようにも、まだ9時前ですし・・・。
持っているものは、領収書のみ、ホテルのフロントにこの領収書を見せた所、サパのトレッキングツァー・ ホテルなど全てこのホテルが経営する「バンブー・グリーントラベル」が運営しているそうで(聞かされていませんでした)ツァー責任者に問い合わせた所、確かに全てのツァー・食事・ホテルは予約されており、唯一の違いは、今晩のホテルで、ハノイからの案内では、今晩のホテルはサパ、翌日がホームステイですが、現地では 三日目のバクハーの日曜市の都合上、今日がホームステイになっており、ホテルの宿泊名簿にはない、と判明 した訳です。
個人旅行の教訓
教訓の1 語学力
ここまでの折衝は当然ながら、全て英語です。
断言は出来ませんが、ベトナム人の英語は非常に聞きとり難いです。今回の旅は毎日ヨーロッパ人旅行者と 一緒の行動で、英語・スペイン語漬けの毎日でしたが、彼らも聞き取り難いとこぼしていました。
個人格安旅行では最低限の英語力は必要です。それも、トラブルに対応出来るレベルの。
教訓の2 バウチャー
予約を証明できる、書類・バウチャーを必ず貰う事。往々にして、日系旅行社では、なあなあになり勝ちですが・・・
教訓の3 ツァーの請負形態の確認
今回のサパツァーは、全てインターネットで予約しました。
窓口はハノイの日系旅行会社TNKトラベル、しかし、この会社は取り次ぎ店であり、実際にベトナム 国内のツァーを催行しているのは、ベトナム国内準大手のAPT-travelです。そして、サパツァーを実際 に催行しているのが、サパの旅行会社Bamboo-Green-Travelです。
インターネット上では、全くこれらの流れには触れていませんが、長年の旅の経験では解っていましたが、実際 に責任ある会社の名前を知るのは、現地に着いてから、それもトラブルが発生してからでした。
個人格安旅行の場合は、必ずこれらの、予約の流れを知っておく必要があります。
教訓の4 英語力も旅の知識もない方はどうするか?
ハノイ発の日本語ガイド付きのツァーも催行されています。当然ながらハノイから日本語ガイドが同行しますので、このガイドの交通費からホテル代まで負担しますので高くなります。
今回の場合一人144ドルが、日本語ツァーですと280ドルとほぼ倍になります。

サパの町と少数民族
10時からのトレッキングを前に、漸く決着したホテルで朝食をとり、サパの町を歩いてみました。
幻滅・予想外  町中に黒モン族の衣装を着た物売りだらけです。そして、今がシーズンピークの せいか、大勢のヨーロッパ系のツーリストが歩き、至る所に土産物屋、カフェが軒を連ねており、5m置きに 黒モンの物売りオバサンから攻勢をかけられます。
過去、アジアの少数民族を訪ねた旅は、
ラオスのムアンシミャンマーのカローでした。
かなり、一般観光客が来るにはアクセスの難しい場所であるので、観光客は少なく、少数民族の人々も素朴で 観光客ズレしておらず、和やかに接する事が出来ました・・・が、ここサパは完全に観光地です。
中国の雲南と同じく、素朴な触れ合い、生活を垣間見るには、手遅れの町です。 後は、実際にトレッキングしてみるしか有りません。
一泊二日のトレッキングへ
10時にバンブーホテルを出発です。
同行するメンバーはガイドの17才の黒モン族の少女
フランス人の男性一人、二ヶ月前にパリの会社を売却して、アジアの旅来ている67才と スペイン人の母(65才)・娘(40代)のカップルそして 私達50代の日本人夫婦の6人が、これから二日間、ホームステイ泊を共にするのです。
ホテルの前の車を予想していたのですが、ガイドの少女(後であだ名をつけてジーと呼ぶことにしました)は、スタスタと歩き始めました。
一日20km?
歩いて行くの?と質問すると、「あったり前でしょ、トレッキングなんだから」と、かなり蓮っ葉な言い方をします。今日一日ずっと歩くの?「そう、時々休憩するけど」何キロ位歩くの?「20km」エェェー
過去の少数民族の村へのトレッキングのイメージでは、ホテルから村の入り口まで車で行き、村のなかをゆっくりと歩いて廻るものとばかり思っていたのですが・・・・
サパ滞在三日・車中二泊分のバックパツクは15kgほどあり、50代後半の身にはかなり堪えるのですが、今更止める 訳には行きません。
しばらく、車が通れる程度の道から、田んぼの中の農道へと入って行き、 道はだんだん険しくなってきます。
マリファナ畑
ジーが指差す先に、極く自然な雑草があります。大麻・マリファナだそうです。 良く眺めると、私達が歩いている道の両側には、沢山生えているではありませんか?
煙草にして吸ってみる、と聞くから「今の日本の税関の麻薬犬は、数日前に手にしたものも嗅ぎ分けるそうだから止しておくよ」と断ると、ここでは誰でもが吸ってるよ、と答えました。
歩き易い靴
ガイドブックにも、トレッキングは歩き易い靴と必ず書いてありますが、間違いです。
「歩き易い靴」では、このコースは無理です。田んぼの畦道だけではなく、時には河原に降り、川を渡り、胸突き八丁の崖をよじ登り、どろんこの田んぼに這いつくばって歩くコースです。
ハイキング程度を予想して履いてきたウォーキングシューズでは少し物足りなく、出来れば軽い登山用の しっかりとしたトレッキングシューズの方が良いでしょう。

ホームステイ
10時から歩き始めて、ガイドのジーにホームステイ先は未だか?と三回ぐらい聞いた後、やっと 今晩の寝場所に辿り着きました。
ホームステイと云っても、外国人観光客をゲストとして泊めるのであるから、別棟にある程度の清潔度の ベッド・トイレが完備しているものと、勝手に想像していたのですが、大間違いでした。
ベッドはなく、屋根裏の大きなスペースに雑魚寝つまりゲストハウスのドミトリー或いはそれ以下の状態、 トイレは外部の掘っ立て小屋、シャワーは台所横のバケツ状態です。 この状態を見た、スペイン人の母・娘と、フランス人の男性は、もう笑って諦めるしか有りませんでした。 私達と云えば、アジア・中南米でこのような環境に、かなり鍛えられて来ているので、一晩楽しむと覚悟を 決めました。
このような、トレッキングに参加してくるのは、圧倒的にヨーロッパ人それもフランス・スペイン・イタリア のラテンの人々で、イギリス・ドイツのゲルマン系や、北欧系の人々は殆どおりません。
南ベトナムで多く見かけるオーストラリア人、そして僅かですがアメリカ人は皆無。ましてや、日本人の 50代の夫婦となると希少価値でしょう。シーズンと云うのに、サパの町でも日本人らしき観光客は一人 も見受けられませんでした。
食事は、こんな田舎なのに量も質も大満足で、今回の旅のなかで一番のご馳走でした。
それにしても、良く喋る人たちです。スペイン人の母親はドイツ語とスペイン語、娘はスペイン語と英語、 フランス人はフランス語と英語、私はスペイン語が一番、英語が二番、カミサンは日本語のみ。
共通語は自ずから、英語とスペイン語となります。こんな所まで来る人々ですから、旅の話題は豊富で 次から次と旅の話から、お互いの家族・仕事・各国の税金・年金の話題で、夜が更けて行きました。
英語は必須
このような、混載のトレッキングに参加する際、英語は必須条件となります。
中南米・南太平洋などを個人で旅行する際、私達は、現地発のツァーを利用してきましたが、やはり参加者 とのコミュニケーションが大切で、孤立すると旅全体が詰まらないものになってしまいます。
簡単な英会話ではなく、食卓を囲んでの英会話力と、話題の豊富さが必要です。

トレッキング二日目


朝、起きると足と腰の筋肉がパンパン、筋肉痛です。
カミサンは、又背中を何かに、食われた様子で、痒いを連発しています。他のアジアの国々でも私は何とも ないのに、カミサンはやられます。どうやらダニアレルギーの様子、朝一番でこの話をすると、フランス人の おじさんも、スペイン人の親子も、自前のシーツを持って歩いているそうです。ご立派、次の旅から私達も 持参しましょう。
トレッキングコースは、一段と厳しくなり、川沿いを登ったり、下ったりのコースです。水も空も畑も美しく 、行きかう村人の姿にも興味を惹かれるのでが、一日の大半をパソコンに向かっている生活の自称、鎌倉の文化 人には、キツイ・バテバテコースです。
吊橋を渡り、向かったのが大きな滝でした。
ここが今回のトレッキングの最終地点です。
未だ先の村に行くコースも設定されていますが、仲間で話し合い、此処でゆっくりと滝を眺めながら、昼食にして、後は車の通る道まで出て、早めにサパに戻り、ゆっくりとシャワーでも浴びようと意見が一致しました。
お昼は、村の食堂で目玉焼きが乗った「インスタンラーメン」でした。この昼食もツァーに含まれています。
不思議なのは、この田舎の村でも、携帯電話が通じるようで、ガイドのジーは、帰りの車の手配をしているようです。最後の急な登り道を上がると、舗装道路にホテルの車が待っていました。一日半歩き続けた距離も、車 で帰ると、20分ほどで着いてしまった訳です。

バクハーの日曜市からラオカイへ
朝、7;30分マイクロバスにて、バクハーで毎週日曜日に開かれる、花モン族の日曜市に出発します。
メンバーは混載で12名、トレッキングで一緒だったフランス人のおじさん、5ケ月インドシナ半島を一人で 旅しているフランス人の30代の女性、スペインの20代のカップルとロサンゼルスの住む元ボートピューピルの ベトナム人6人グループです。
ピークシーズンの日曜日、皆が皆な、この日曜市を組み込んだサパツァーを組んでいるので、隣の車にも、昨日 のトレッキングで顔見知りになったメンバーばかりです。
バクハーまでは110Km、車で3時間強かかりました。

サパ周辺の黒モン族と違い、華やかな花柄の美しい衣装を日常着として着こなしている 花モンの人々の撮影が、今回の一番の目玉でした。 しかし、ツァーガイドの説明では、この市場での時間は、たったの1時間、一時間後にレストランで昼食を摂って、次はラオカイへ向かうと、云うのです。
3時間かけて来て、1時間とは余りにも少なすぎる。カミサンとスペイン人の彼女は、一目散に買物へと走りまくりました。フランス人のおじさんと云えば、俺は昼飯はいらん、とカメラ片手に消えて行きました。
写真撮影のマナー
花モンの少女は、サパの黒モンの物売りの少女と違って、はにかみながらカメラの前で、笑顔を造ってくれ、 、 他の人々も、まだそんなに観光客の向けるカメラに嫌悪感は少なく 好印象でしたが、何時までこの状態が 続いて呉れるか、全て訪れる観光客のマナーに掛かっているでしょう。
私は、通常はデジタル一眼の中級機種を持ってアジアを旅していますが、今回はそれを置いて、ハイビジョンムービービデオを持って行きました。ビデオを撮るのではなく、カメラの静止画機能を利用する為です。
今まで、世界の各地でね旅行者の無遠慮なカメラの放列に晒されてきた人々を多く見てきました。 私もそのカメラの方列の一人だったのですが・・・・・
やはり、長いレンズにしても、遠くからにしても、自分にカメラのピントを合わされるのは、気分が良いもの では有りません。撮る時は、やはり正々堂々と、断ってから撮るのが王道でしょう。
しかし、それでは記念写真になってしまうのと、なかなか撮影に応じてくれません。そこで、今回試しに、あの 一眼レフレンズからすると、撮られる側の抵抗感が少ない、手の中に納まる、小型のビデオカメラ付属の静止画にした訳です。
光学10倍、解像度180、サイズ350万画素、マニュアル設定有りですから、web上は勿論、写真クラブの例会サイズの2Lでしたら、全く問題はありませんでした。
コンパクトデジカメと同じ大きさ・重さで、一眼並みの機能があり、軽いのですから次回から、移動型の旅は これにしようと思います。     機種:Canon IVIS HV10 ハイビジョンムービー

ラオカイからハノイへ
ベトナムの列車チケットの知識
ラオカイ駅には、夕方5時に到着しました。ハノイ行きの列車は20時です。
日曜日の夜とあって駅前は、ハノイへ戻る観光客で溢れています。ツァーに付いている夕食を取る為に レストランに入ると、店の少年がチケットを見せろと云うのです。外国で簡単にチケットを見せるのは 危険なのですが、このレストランはバンブーツァーの業務を兼ねているとの事で、見せると、 これは、予約券であり、正式な列車乗車チケットではないとのたまうです。
同行のスペイン人カップルに聞くと、その通りで、この予約券を駅の改札へ行って乗車券と交換しないと 列車には乗れないと判明。
誰も、そんな事教えてくれなかった!!。個人旅行にリスクは付き物なのです。
帰りの寝台列車は普通のソフトベッドクラス4人部屋。相方はシンガポール在住のイギリス人夫婦、向こうも 英語が喋れる日本人が相方で良かったと喜んでいました。
早朝のハノイ駅のタクシー
朝の5時、まだ真っ暗なハノイ駅に定刻どおりに到着。ホテルは予約時からアーリーチェックインとして契約 しているので、ゆっくりと熱いシャワーを浴びて寝よう。しかし、その前に、この時間どうやって帰ろうか、が 問題です。
宿泊しているホテルと、ハノイ駅の相互位置関係は頭にインプットされており、歩いても30分程度で帰れる 事は解っているのですが、どうも降りた駅の廻りの様子が違うのです。地図上では西側に大きな通りがあり、それを真っ直ぐ北に歩けば良いはずなのに・・・・・私達は常に磁石付きの時計をしています。

ハノイ駅は二つある
後で判明したのですが、ハノイ駅はふたつ有り、主にランカイ方面と結ばれているのは、ハノイB駅で本駅の裏側(西側)のごちゃごちゃした所にあるのです。この時間この場所で信頼出来るタクシーは、1%以下です。 99%観光客からぼったくろうと、考えています。
私達は、金額の多寡ではなく、甘く見られる事が嫌なのでなるべく歩くか、公共交通機関を利用しているのですが、この状況ではぼったくられるのを覚悟で乗るしかないなと、覚悟を決めました。ホテルからハノイ駅まで、正規料金ですと2万ドン、150円、ぼられても10万ドン750円だと腹を括りました。
ぼったくりを承知でタクシーに乗る
声をかけてきたタクシーは案の定のぼったくり、メーターは通常のタクシーの数倍のスピードであがって行き、 凡その方向を見ていると、あちこち、遠回りしているのが手に取るように解ります。ちょうど10万ドンになった 所でホテルの筋向いの辺りで車を停めました 。
ここで一つ、失敗してしまいました。
後ろのトランクに荷物を入れてしまった事です。ここでひと悶着やろうと思っていたのですが、荷物を人質に 取られているので、こちらの負けです。105,000ドンを10万に値切ってみると、簡単にOKして走り去ろうとするから、ノートを出してこれ見よがしにナンバーを控えると、ふて腐れて去って行きました。
外国でタクシーに乗る時の教訓
1,荷物はトランク入れるな。
2,助手席に荷物を置くな。メーターが隠れてしまう。
3,ある程度の距離・金額を把握しておく。
4,早朝・深夜で、初めての場所の場合、高くついても、保険代わりにトランスファーを付ける。

個人自由旅行はリーズナブルで楽しいのですが、その分、自己責任が付きまとう事をお忘れなく。

ハノイ滞在
一般的なツァーの場合、ハノイ滞在は一日或いはハロン湾を含めても二日で、実際に町歩きするのは、半日 が良いところでしょう。
実際、ハノイ自体はそんなに見る所はないのです。
今回の旅の目的は、サパですが、少しでも旅程をのんびりと過ごす為に、ハノイで丸々三日の休息日を設けました。
前回のハノイは1999年にパック旅行で滞在は一日だけでした。、今回は、旧市街のはずれに宿をとり、ゆっくりと古き良きハノイ の面影を楽しむ心算でしたが、8年も経つと、ハノイもホーチミンのように様変わりです。
自転車とシクロばかりだったハノイは、今やバイクの洪水で、インドシナの中国人と呼ばれるベトナム人の 本性丸出しの町に変貌しています。
《例》ドリンキング・ウォターの値段
アジアでは欠かせないドリンキング・ウォターの値段一つとっても、様々です。私達は旅行者ですから、 地元ベトナム市民と、全く同じ値段で買おうとは、思いませんが、明らかにツーリスタを馬鹿にしたような 値段で買うのは、癪に障ります。 今回、色々な所で標準的な2Lのドリンキング・ウォターを買ってみました。
高い順に
 1 ホテルのレストラン   15,000ドン
 2 土産物屋の店頭     10,000ドン
 3 コンビニエンスストアー 7,500ドン
 4 旧市街中心の雑貨店   7,000ドン
 5 旧市街はずれの雑貨店  5,000ドン    長く、滞在しているとだんだんと安い店がわかるようになります。差は最大10,000ドン、 日本円で75円ですが、ハノイ市民の平均月収は200万ドン、差額の10,000ドンで普通に昼食のPHOが 食べられる金額なのです。努々、現地通貨をすぐに日本円に換算していけません。

PHOの美味しいお店・ハノイのパン屋さん
ベトナムと云えば、米麺のラーメンPHO(フォー)ですが、実は、南ホーチミンの PHOと北ハノイのPHOでは少し違います。南はコクのあるスープに、別盛りの野菜たっぷり入れるのに対し、北は わりと淡白なスープと少しの野菜が主流です。どちらかと云えば日本人には南スタイルの方がお好みでしょう。
ホーチミンに本店を置いて展開するPHOのチェーン店がハノイでも増えて来ました。私達が泊まっているホテル First Chain Edenの近くに、ハノイでは未だ数少ないチェーン店の一つがあり、 毎日、此処で食べていました。値段は北の一般的な屋台のフォーが10,000ドン以下なのにたいして、35,000ドン と高いのですが、清潔な店内からガラス越しにキッチンが見え、従業員は全て清潔な手袋をして調理しているの が見とれますし、何よりも美味しいのです。
昼食は、地図で記したパン屋さんで良く買って食べました。ベトナム人のお客で何時も混雑しているお店で、 二人分の惣菜パン4つで25,000ドン位です。何れも時間のある方は、ドンスワン市場 を目印に云って見て下さい。

世界遺産とロングステイベトナム ハノイの見所
ハノイの観光名所と云えば、ホーチミン廟・水上人形劇・お寺・バッチャン村と決まっていますが、 既に見ていますし、お寺にしても中国式の儒教のお寺で、敬虔な小乗仏教徒を自認する私には面白くも 何ともないので、今回は暇に飽かせて、普通の観光客の行かない、 旧ハノイヒルトン(ホアロー収容所) へ行きました。
フランス植民地時代から刑務所で、後にベトナム戦争時の米兵の捕虜達がハノイヒルトンと呼んだ、私達団塊 世代には、懐かしい場所です。
収容所は再開発で一部だけを保存し、跡地にはハノイで一番高い建物「ハノイタワー」が建ち、高級ブランドショップが入っていました。収容所と近代ビルの間には、記念碑が建っています。 入場料5,000ドン・日本語説明書あり。

世界遺産とロングステイベトナム ハノイのショッピング
ハノイにおける、お土産ショッピングエリアは、旧市街とホアンキエム湖周辺に集中しています、が この辺りは一般的な、民芸品が主体で、最近注目されているオリジナル・デザイン刺繍や 可愛い雑貨のお店は、ハノイ大教会周辺に、続々と誕生しています。 日本に帰っても街中で使えるような刺繍BAGは、それなりの値段がしますが、結構おしゃれなものが揃って ます。


2007・11 ベトナム・サパ報告 完

世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンにロングステイ出来るか?

ベトナムへは1999年に周遊型で一度ハノイからホーチミンまで南下する旅を経験し、今回はホーチミンにあえて、観光の予定をいれず8連泊し 果たして、このきついベトナム民族の大都市でロングステイ出来るかどうか、を体験してまいりました。

私達のロングステーの条件

  1. 日本から直行便が飛んでいる事
  2.  これは勿論OK、路線も多く、値段も安い。評価100点満点の95点 
  3. 暖かいところ
  4.  これもOK、評価100点満点の90点 真夏は暑すぎるかもしれない
  5. ローマ字表記の言葉の国
  6.  評価100点満点の80点 少しポルトガル語表記があるが理解の範囲内
  7. 物価の安い国
  8.  評価100点満点の75点 極端に安くはないが、努力次第で何とかなりそう。  
  9. 白人ではない国
  10.  OK、評価100点満点の80点 少し国民性がきついかも知れないが。
  11. 散歩コースがある事
  12.  100点満点の30点位 行く前は毎朝、サイゴン川あたりを散歩する事を考えていましたが、とてもそんな状況の街並みではなかった。
  13. お気に入り宿
  14. 問題は、安くて居心地の良い宿を手に入れるかどうかで、上記のマイナス点なぞは軽くクリアしてしまうのですが、実は今回ホテル・コンチネンタル の意外な良さの為、あまり積極的に次回のホテル・宿探しをしませんでした。
    比較的安いホテル・ゲストハウスが集中している地域に探しに行ったのですが、場所が良くありません、あまりにも下町の 雑然とした地域でした。東京で言えば日比谷の帝国ホテルに宿泊していて、浅草近辺のビジネスホテルを覗いて見る 感覚です。
    海外のロングステー用のアコモデーションは、やはり日本の住宅評価と同じで、周辺環境・利便性を重視しなければ なりません。
    結論 取り合えず、年に一度一週間から10日間程度の観光用ステーなら、60$のこのコンチネンタルでも良いかも知れない。


世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンへの道

ベトナムへの空路のルートは色々ありますが、今回はインターネット上の格安航空券サイト
トラベル子ちゃんから 12月上旬で一番安い「中華航空」にしました。朝一番のフライトで台北へ飛び、乗り換えホーチミンは同日16;30には ホーチミンに到着します。
この明るいうちに着くというのは、初めての都市或いは、初めての個人旅行では大変に 重要な事と私たちは考えています。
どんなに旅なれていても、初めての都市に暗くなってからに着く場合は不安はあるものです。それ故に多少お金が掛かりますが、送迎を頼むのが、安全な中高年の自由 旅行の有り方だと思います。

空港からホテルへ

団体パックや手配旅行ですと、空港に名前のカードを掲げた現地係員なりが待機していますが、個人自由旅行の場合 空港の税関を出た時から「覚悟」と「緊張」が待っています。アジアの発展途上国、特に西南アジアの国々の場合 押し寄せてくる、タクシー・ホテルの客引き・ポーター・詐欺師の群れを押しのけ、顔色を見て良い人か悪い人か を瞬時に判別しなくてはならないのです。
実際判別方法なんてないのです、皆んな悪い人ではないのですが、 あまりにも大きな経済格差のある観光客から、少しでも余分に稼いでやろうと思っているだけなのです。
つい、この間までホーチミンの空港でのこの観光客の争奪戦は有名でしたが、今は少し違います。空港内にタクシー クーポン制度が出来たからです。空港のインフォメーションでクーポンを買うと、係員が乗る車まで案内してくれます。 値段は市内均一6$、2004〜05年度版の「地球の歩き方」には4$と書かれていましたが、入国早々2$の事でやり合い 意地を張って別の車を探すのも嫌ですし、例えガイドブックには4$と書かれていると言った所で、返事は解っています。 「値上げした」。
タクシーの運転手さんは、かなり厳つい顔をしているし、英語も判らない様子・・・・はどうでも良いのですが前払いのクーポンで 払っているのに関わらず、メーターの数値はどんどんと上がっていくのです。頭の中では着いた時に請求される金額と このやり取り・喧嘩の英会話で頭のなかを巡り始めました。確か、クーポンのレシートは貰ってないよな・・・・、着いたホテル の人間に間に入ってもらい、話をつけるか・・・・、そうこうしているうちにホテルに到着、身構えていましたが、 すんなりと降ろされただけで、拍子抜けしてついつい、余分なチップ1$も払ってしまいました。
反省・・・・日本人はチップを払うものだと、かのタクシードライバーは学習したのかも知れない。
「閑話」
帰りの空港までのタクシーの話
普通、何処の国でも空港から市内までは、このようにクーポン制なりで、価格が決まっていても、帰りの市内から空港への料金は 自由なので、高くなる傾向があります、ホーチミン関係のインターネット掲示板の書き込みでも多くが帰りのタクシー代金で揉めた と書かれていました。
特に、空港に出入り出来るタクシー会社2社以外のタクシー会社の場合、空港敷地内駐車料金5000ドンは乗車客負担などがあり、揉める 原因となっているようです、常識として帰りは多少高いと覚悟するべき。しかし、今回帰りにホテル前に客待ちしていたタクシーで 空港に向かいましたが、5$で済みました、おまけに敷地内駐車料金5000ドンも必要ありませんでした。
理由 ホテルのドアマンが乗車する時にドライバーに値段交渉をしてくれたおかげです。連泊して顔馴染みになっていたせいも ありますが、ホテル前から乗車する際は、ドアマンにチップを払っても安全・確実な方法を選択すべきかもしれません。


世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンのホテル・コンチネンタル


個人自由旅行で、航空券の次に手配しなければならないのが、「宿泊先」です。
若いバックパッカーなら、現地に着いて自分の足と目で探す事も可能ですが、私たちのようなスーツケーススタイルの 、ある程度の体裁のある中高年夫婦の旅の場合、初めて土地ですとそうも行きません。
最近、利用しているのがインターネット上のホテル検索・手配サイトの「アップルワールド」です。
超高級ホテルからある程度のエコノミーホテルまで網羅されていて、団体旅行並みの値段をお約束というのが、売りの 日本の中小旅行代理店でも利用している、この世界の大手です。ここの良い点は利用したホテルへの書き込みが制限 されずに掲示板に書かれている事です。これを読んでいるとホテルというのは泊まった客によって評価が千差万別で あると言うことが良く理解出来ます。
今回、チケットが予定よりも安かったのと、8連泊と言う事も考慮して、何時もよりはかなり豪華に一泊6,200円朝食付き のコンチネンタルホテルにしました。
あまり当てにならない、と言うより本当に泊まった事があるの、と疑ってしまう「地球の歩き方」のこのホテルのコメントは以下の通りです。
市民劇場の横と言う好ロケーション建ち、世界の要人、著名人が宿泊リストに名を連ねる伝統的なホテル、1880年創建 と言うコロニアル建築の建物が風格をたたえている。客室は高い天井と広いクロゼットが魅力。
読み方を変えれば、場所は良いけど、古くて、慇懃無礼なホテルだよ、と言ってるみたいなのですが、アップルワールドの 掲示板の評価はかなり良かったので、ここにしました。
「爆発」
チェックインの時、8連泊するのだから良いお部屋にして、と軽くジャブを咬ますと、本日は満室なので、若しお気に召さない ようでしたら、翌日変更は可能です、とフロントマンは返して来ました。案内されたのは、増築を繰り返した温泉旅館の ように何回も上がり下がり、曲がりくねった行き止まりの136号室、入って先ずカーテンを開けて飛び込んできたのは 一回の屋上、何台ものエアコンの室外機が音を起てて唸っているでは有りませんか、おまけにクリスマス・ニューイヤー の飾りつけの工事中、この部屋に8連泊しろと言うのか、ふざけるな!!
どうも、日本人は舐められているのは事実です。
このホテルに関わらず、私たちは、今年旅行したバリ以外の全てのホテルで、最初に通された部屋にすんなりと泊まった事は一度も 有りません。例え日本の旅行社のパックのお仕着せのお部屋とは云え、駄目もとで必ず交換を申し出ます。中には 差額を貰えればチェンジと言う所もありましたが、ほとんどホテルは正統な理由を述べれば、もっとすずーーと良いお部屋にチェンジしてくれました。

正統な理由 一番簡単なのは、お部屋の欠陥を指摘する事、例えば「お湯がでない」・「電気が点かない」とか「鍵が閉まらない」なら絶対的理由になります それでもダメなら、Polite Englishで「私達はこの国の文化や人々に非常に興味があって、前からお金を貯めてこの国に来るのをとても楽しみにしてやって来た、 しかし、この部屋で何日もいる事を考えると、印象が変わってしまう、もし、貴方が日本に行ってこのようなお部屋に通されたたら、どう思うか?」等など 思いつくまま、それも実際の現場のお部屋まで連れて行って、丁寧に懇願し、 説き伏せるのです。決してお金に物言わせて高圧的になってはいけません。

今回の場合
今回は、パックツァーではなく、正規のルートで個人予約しているのですから、かなり強気にでました。
どんなブロークンな英語でも構いませんから、はっきりと拒絶する事が肝心です。海外のホテルのフロントは日本人は大人しく、英語も喋れない ないので、どんな悪い部屋をあてがっても文句を言わないと、確実に信じています。私たちが先ず云ったのは、本当に満室で あの部屋しかないのなら、アップルワールドのバウチャーを今、直ぐに返してくれ。全ての予約をこの場でキャンセルする。 たった一晩でもあの部屋に泊まる気は毛頭ない。
本当にバウチャーを返えされたら、これからスーツケースを持って、ホテル探しをしなくてはならないな、と薄々は不安でしたが 、フロントは全く悪びれず別のお部屋を手配するではありませんか。221号室、あの136号室よりも一部屋多く、ホーチミンの銀座通り ドンコイ通りに面した綺麗なお部屋ではありませんか!!
下の画像が、コンチネンタルホテルの二間のお部屋、普通、何時置いたか解らない、半分腐っているようなウェルカムフルーツバスケット が多いのですが、ここのは新鮮で美味しく、全部食べれました。
朝食のブッフェは60$のホテルとしては上出来。お部屋の清掃もスピーディで一日に何回も灰皿やゴミ箱清掃にきます。 多少掃除に関しては潔癖気味のカミサンも桟の誇りや、窓ガラスをチェックして満足してました。
TVも当然NHK衛星放送が見られるし、お湯もストレスなしに出ます(これは実は大変な事なのです。)
久し振りに気持ちの良いホテルに泊まり満足・満足、もし初めての ホーチミン・ベトナム旅行でしたら、ロケーションも良いし、お値段もお手頃のお勧めできるホテルです。しかし、これだけしっかりしているホテルなのに 何故か、従業員が挨拶をしないのです。もしかすると欧米人にはするのかと見ていてもそうでもないし、残念・・・・・


世界遺産とロングステイベトナム ホーチミン市内の見所

ホーチミン市内でこれだけは、と言う観光目玉は実はないのです。
ベトナムと聞いて連想されるワードは「ベトナム戦争」「アオザイ」「シクロ」と答えるのは中高年世代です。
若い観光客が連想するワードは「エスニック料理」「ベトナム雑貨」なのです。

「ベトナム戦争」
市内の至る所に、ホーチミンを記念した建物と戦争に関する記念館が残っています。
「旧大統領官邸」「戦争証跡博物館」「人民委員会」「ホーチミン作戦博物館」「ホーおじさん記念館」など等、 北朝鮮ほどではないにしろ、確かにこの国は社会主義国家だという事を認識させられます。
「アオザイ」
日本の着物と同じで、観光業に携わっている「ホテル」「レストラン」「お土産物」の従業員と、女子高生しか着ていません。
一時期、この女子高校生の白いアオザイ姿を撮影する日本人カメラマンが、巨大なズームレンズを持って 女子高の門で待ち構えるのが、地元の反感を買う、と言う話題がありました。アマチュアカメラマンとしては、解らないでも ないのですが・・・私だってチャンスがあれば狙いたい被写体です。画像はフェリー乗り場にて。
「シクロ」
5年前に較べて、「シクロ」の数は劇的に減っています。国民所得の上昇でタクシー・バイクが増え、、今やシクロは 観光客用の乗り物に変化しています。という事はトラブルも格段に増えています。シクロに乗って最初に云われた値段で 済んだ話は聞いたことは有りません。
どうしてもエキゾチックな体験をしたいなら、観光業者に頼むのが無難でしょう。
「エスニック料理」と「ベトナム雑貨」
「エスニック料理」
厳格な意味でのベトナム料理は存在しないと私達は考えています。 南国的海鮮の多い、中華料理というのが実感です、そして有名なのが画像の米の麺「ホー」。 ごくごく一般的な庶民の食べ物で、普通の屋台では2000〜5000ドン(1000ドン≒7円)ですが 最近出来た観光客に人気のあるホー専門のチェーン店「HO24」では24,000ドンしました。が やはり、それだけ清潔で味も洗練されていて美味しかったです。 B級グルメの私達は、とても観光客用のベトナム料理店の敷居は高くて入れず、それでもかなりリーズナブルな値段 と紹介されているお店で食べましたが、ランチセットでも6$と云う庶民感覚からかけ離れたお値段で、さして 美味しくもなかったので、2日に一度は「ホー」でした。
「ベトナム雑貨」
ベトナムのお土産物・雑貨のレベルは確かにかなり高いです、デザインも刺繍に関しても縫製は しっかりしていて、他のインドシナの国々に較べると、若い女性に人気があるのは理解できます。 しかし、その分高いです。高いと言うのはホーチミン市民の生活物価からして、と言う意味です。
親子4人で200$で生活できる都市での、これらの雑貨の値段はとてつもなく高いです、しかし日本からの 3泊4日のパックツァーの女性達は「安い」「かわいい」の連発で買いあさっていました。

世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンの結婚式シーズン

暑いホーチミンの町歩きのスタイルは、長めのショートパンツ=(若者が着る膝下までのブカブカパンツ、中高年ですけど これは、涼しくてしかもポケットが沢山あって便利なのです。)にTシャッツ。足元はサンダルです。アジアはいつもこの スタイルなのですが、12月下旬のホーチミンの朝はこの格好では少し寒く感じました。
この涼しさ、と言っても日中は28℃ぐらいなのですが・・・が暑い南ベトナムでは絶好の結婚式シーズンでして 私達の宿泊していた伝統・格式・ロケーション抜群(日本で言えばちょうど帝国ホテル的存在)のコンチネンタル ホテルでは毎晩結婚披露宴が行われていました。

このホテルの廻りは、「サイゴン教会」「人民委員会」「市民劇場」とホーチミンの 名所が一堂に集まっている場所なので、毎日何組ものカップルが記念撮影に訪れていました。 乗り付けてくる車は全て白い車に赤やピンクの花で飾り立てられており、誰が見ても一目瞭然の新婚カップル の車だと解ります。とにかく撮影が凝ってるのには思わず苦笑いです。とてもこんなポーズで写真を、それも沢山の 誰もいないスタジオならまだしも、外国人観光客、地元見物客が大勢見ている中でやるのですから、さすがに新郎 はかなり照れているのですが、新婦はまるで女優・モデルのような気分で、カメラマンの注文に嬉々として応じて 撮影されています。昔からベトナム女性の強さが言われていますが、確かに実感できます。
それにしても、ベトナム男性はみんな小柄で痩せていて、頼り気なく見えるけど、これで良くアメリカに勝ったものだ。

世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンの名物・バイクの群れ

1999年の初めてのベトナム旅行の際、ハノイから入りました。当時ハノイは未だ自転車が多くノンビリとした 如何にも社会主義国家らしい雰囲気の街でしたが、南下してホーチミンに入って驚いたのが、バイクの多さと、 そのマスク姿でした。
同じ国家とは思えない活気に満ちていたのと、同じ民族かと疑ってしまう南の人々のしたたかさ が印象に残ってます。
そして、今回、ホーチミンは大幅に変化してました。5年前のベトナムはどちらかと言うとアジア好き、辺境好き、 世界遺産好きの旅慣れた一部人々が旅する国でしたが、航空路線の発達=ホーチミンからアンコールワッシ観光の町シェムリアップダイレクト便の就航、 低価格、ごく普通の旅行好き、アジアン雑貨好きの若い女性、中高年の増加でバンコク並みになってきてました。
そして、あのバイクの群れはこの5年間で飛躍的に成長し、怪物の如く巨大化しているではありませんか。

20歳代当初から現在の50代歳代半ばまで30数年、海外へは60回以上旅していますが、こんなに多くのバイクが走り回る都市は 断言できます、ホーチミンだけです。とにかく、どう表現すれば良いのでしょう、まるで谷を駆け下る「鉄砲水」、浜辺に押し寄せる 「巨大津波」、「蟻の大群」、バイクの流れ自体が生命を宿しているような動きなのです。
今回、カメラはおNEWの「コニカ・ミノルタα7デジタル」を持って試写・テストでしたが、私の腕前・感性・センスではとても この動きのあるバイクの大群を描写しきれませんでした。おそらく、ビデオだったら伝わるのかもしれませんが。
  • 先ず、驚くのは乗っている人々の強盗のようなマスク姿です。
    そんなに排気ガスで汚れているとは思わないのですが、何故か殆ど の人々がしてます。ちなみに世界で一番排気ガスで汚れている都市は「メキシコシティー」ですが、かの国ではマスクはして いませんでした。女性は一種のファションなのでしようか、自作のカラフルなマスクをしている人を多く見かけました。
  • 次は、真ん中の画像、4人乗りは極々当たり前なのです。
    最高5人乗りを見かけた事もありました、ほんの生まれてニ三ヶ月の赤ん坊を抱えている若いお母さんや、バイクの前座席で眠って いる子供は無数に見かけました。ホーチミン市内の一般道路ではヘルメットの着用義務もないし、人数制限もないとの事です。
  • 横断歩道をどうやって渡るか?
    ホーチミン市内には一応、信号機はあります。しかしそんな、赤や青のライトでこの蛇の流れのようなバイクの群れを制御する事は 不可能です。この流れに逆らわずに、大人しく、優しく、通して貰えるようになるに五日間の修行が必要でした。
    三番目の画像の少年をご覧下さい。
    バイクの来る方向に目をやり、決して立ち止まらず、決して走らず、相手を目で抑えて悠然と渡れば良いのです。バイクのほうも 熟れていて、必ず減速し避けてくれます。ただ、時々よそ見しながら走っているのがいるので注意が必要。
    極意は決して急に歩くスピードを変えない事です。
「閑話1」
一眼デジでこのバイクの流れを表現するのに、この少年のように横断歩道を目で抑えながら渡る、美しいアオザイ姿の女性が 理想だと思い、一日、絵になりそうな撮影ポイントの道路脇で張っていたのですが、アオザイ姿の女性はなかなか現れなかったり、 来たと思ってカメラを構えても、バイクが来ずにすんなり渡ってしまったりの連続、もう少し時間があれば何処かの家の屋上から 理想のアングル、広角でバイク・横断歩道・アオザイの美しいベトナム女性が撮れるかもしれない?でした。最後はNHKのように 「ヤラセ」しかないか。

世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンのクリスマス


ベトナム国内のキリスト教徒は全体の1割り以下と聞いてますが、この街の盛り上がり方を見ていると、とてもそんな少ないとは 思えません。
町中至る所にイルミネーションが飾られ、デパート・ショッピングセンターではサンタと雪景色のデコレーションの 前で記念撮影する市民で溢れかえっていました。
全ベトナムは別として、ホーチミン(否サイゴンと云った方が適切でしょう)は長い間フランスの植民地であったり、アメリカの 影響を未だ色濃く残しているせいでしょう。私達の泊まったホテル・コンチネンタルの廻りは夜になると、夕涼みとこのイルミネーション を見に来るバイクで深夜まで途切れる事がありませんでした。
「閑話2」
ホテルの目の前が、ホーチミン市民の憩いの広場でもあり、観光客の撮影スポットでもあります。
暇人旅行者夫婦は、日中は暑いので向かいのレストランの広場を見渡せる席に陣取り、行きかう観光客や市民を眺めて暇潰しです。
本当に多種・多様な人々が行きかいます、日中、目に付くのは、日本の若い女性二人から三人組、必ず買物袋を抱えています、夕方から 夜になって多くなるのが、中高年のパックグループ、バスで乗りつけ、ここで一時間位の自由行動・お買物の後、高級レストランで お食事の様子、ドイツ人らしい中年男性と若いそれらしき小柄なベトナム女性のカップルが多いな・・、どうやらドイツ人は バンコクからホーチミンに移ってきた様子、相変わらずフランス人のおばちゃんグループが多いな、あの喧しい団体は絶対に台湾 パックに間違いない。それにしても韓国らしき若者の姿がみえない、未だベトナム戦争の尾を引きずってのかな・・・・
「閑話3」

夜になると涼しくなるので公園に移ります。
ものの1分も経たないうちに、お馴染みの椰子のジュース売りの若い女の子が寄ってきます。一個2万ドン(140円なんて、天文学的 値段)を笑顔で平気で云う娘です。少し日本語が出来て、どう今日は何個売れた、日本人は買った?なんて話しているのですが、最後 には、2万ドンで買えと必ず云うのです。最後の日に思い出に写真を撮り、一個買いました、ちなみに5000ドン(35円)それでも高い。
シクロのドライバーも必ず来ます、マーケット一周1ドルなんて云いますが、信用しては いけません、最後は仲間が集まって毟り取られます。乗らなかったけどこう、毎日顔を合わせていると日本語の達者なドライバー を中心に話が弾みます、中華街まで乗せて20ドルふんだくったなんて自慢話やら、日本の一番流行っているギャグは何だか知ってるか と聞かれ、「アイーン」をやると、それは古いよ、今は一番新しいのは「残念・・・」だよ、と云うのです。
夜、最後に登場するのが「花売り娘」です。本当の花を売る10才位のセーラー服姿の3〜4人の集団。
みんな同じ背格好、同じセーラー服姿なので元締めがいるのでろうと踏んで、広場の片隅を眺めていたら、やはりその通り三人程の 制服姿の「花売り娘」をバイクから降ろしていました。この子達は日本語は話せず、唯一云うのが「ハングリー・トゥ・ナイト」。
この子達も逞しいベトナム女性である事は間違いなく、カミサンと一緒といても絶対に私の方に座って話しかけてくるのです、さすが 人を見る目があると関心しました次第。
ついでに「閑話その4」観光客から小遣いを召し上げる芸術的方法
先月ポカラの町で出くわした少年達のやり方
町を歩いていると前方の少年達4〜5人がいきなりノートの切れ端を差し出し、読んでくれと云いました。
書かれているのは英語で要約すると「私達はサッカーを愛するネパールの少年です、将来ネパールもワールドカツプに参加できる ように、私達も毎日練習をしています。しかし、残念なことに先週、唯一のボールがパンクしてしまいました、どうか私達の為に ボールを一つ寄付して下さい。」と綺麗な文章で書かれているのです。
残念!!!君達のこの古典的なやり方は、既に昔、キューバで経験しているよ
昔、キューバの広場で野球をやっている少年達を眺めていた事があります。子供ながら硬球を使い、バットスゥイングも流石キューバ と思わせるものでした。すると野球をやっていた少年がやってきて「1ドルをくれ」というのです、その当時公務員の月給が5ドルの キューバで1ドルです。どうしてかと聞くと「野球のボールがなくて練習できない」と言うのです、よしそれでは1ドルあげるけど 現金はダメだ、一緒にボールを買いに連れていく、なんて話をしていたら大人が寄ってきて「この子の話は信用しないでくれ」と言われ 新手の小遣いねだりと納得した経験があります。
しかし、これは確かに観光客には効きます。ポカラに話が戻って、翌日同じ場所でヨーロッパ系の若い女性が捕まり、読んでいくうちに涙を流し始めました、 そして遠めでもかなりの金額(彼女にとってはほんの僅かでしょうが)を渡してました。少年達は口々にヤッホーと叫びながら 街角に消えていったのです。彼女良い事をしたね・・・?


世界遺産とロングステイベトナム ホーチミンの日帰りメコン河クルーズ

ホーチミン市は特別観光名所はありません。半日もあれば主な見所は見終わってしまいます。今回はホーチミン実質8日間ですので、 中日に「メコン河クルーズ」を予定しました。地球の歩き方を見ると、色々な会社がツァーを出していますが、45$〜60$と私たちにとって は物凄く高い値段です。着いた翌朝、目抜き通りのドンコイでツァーパンフレットを配っているので手にしてみると、25$です。
何処のツァー会社かと聞いて見ると、市内から離れた場所にあり電話連絡しかないようですが、25$に釣られて電話して聞いてみると 市内の主な会社とまったく同じ内容のツァーだと云うのです。安い理由は目抜き通りのオフィス家賃分安くしている、と言うのです。 日本語ガイド、入場料、昼食付き、二名以上で催行(混載の可能性あり)という条件で了承し申し込みました。
参考に会社の名前は
「ラッキーツァー」TEL 0913-803184(日本語) です。
お馴染みの「クチトンネル観光」は昼食なしの半日観光で18$ですから、これもかなりリーズナブルです。勿論もっと安いツァー会社 は、ゲストハウスの多いデタム通りに沢山あり、6$からだそうですが、日本語ではなかったり、色々条件は違います。

ホーチミンはメコン川河口に開かれた街?、いいえ違います。
メコン川の支流のサイゴン川に面している街ですから、メコンデルタまではかなり距離があります。どうも、ハリウッド製ベトナム 戦争映画「地獄の黙示録」の影響が強く、旧サイゴンからすぐ近い場所にジャングルがあるイメージですが、河口のカントー までは日帰り観光は出来ません。そこで今回は手前のミトにしました。
エアコン専用車に日本語の達者なベトナムの若い女の子がガイドに付いて、先ずはミトにある「フランス建築様式のお寺・永長寺」 を見学します。ベトナムはキリスト教のイメージが強いのですが、実際は9割が仏教徒だそうです。しかし仏教と言うよりは 中国儒教と云った方が正解でしょう。同じインドシナ半島のタイ・ラオス・カンボジアの仏教国のイメージで来るとかなり 手痛いしっぺ返しを受けるので、要・注意です。
お寺の見学の後は、メコンデルタに点在する島々を廻ります、フルーツの島・蜂蜜の島とかあるのですが、近年の観光客の増加で このコース全て、流れ作業式のチケット観光、ベトナム人らしい効率の良さで次から次へと廻ります。つまり果物の殆ど育って いない観光果樹園でフルーツの盛り合わせを食べてと思ったら、次は素人もどきの民謡を聴き、手漕ぎボートでぐるっと川を回り 次から次へとキャンデー工場・お土産物屋を廻って行きます。
最後にミトー市内に戻り、全ての観光客が立ち寄るレストランで、名物の「エレファントフィッシュ」の昼食です、姿・色が象に 似ている所から名が付いているのですが、どうでも良い味の魚の空揚げです。それよりも、このレストランのミネラルウォーター の暴利には、腹が立つ。
スーパーで5000ドンのミネラルウォーターが請求書を見ると30,000ドン。倍は許せるが6倍は酷すぎる。

クチ・トンネル観光

今回は行きませんでしたが、1999年に行った時の報告です。

今回、地元のガイドさんの話で面白く・不思議だったのが、クチ・トンネル観光の話です。
私達のようなベトナム戦争を知っている世代のホーチミン郊外観光で一番人気はこの「クチ・トンネル」なのですが、 最近急増している、ホーチミン四日間パックツァーの若い女性観光客の間ではあまり人気はなく、「マングローブ・ ジャングルツァー」等のアドヘンチャーものが人気だそうです。そう、ベトナム戦争は1975年4月30日サイゴン陥落で 終わっているので、彼女らが生まれる前の歴史の世界の話ですし、観光地化したクチトンネルでは、相変わらず「鬼畜 アメリカ帝国主義」の侵略映画を見せられてからの観光なので、敬遠されるてるのかも知れません。
クチトンネルは実際に入る事が出来ます。
しかし、このトンネルは小柄なベトナム人でもかなり窮屈なのですから、アメリカ人兵士では通り抜ける事は困難だった でしょうし、日本人でも多少「閉所恐怖症」気味の私も、もう一度は遠慮します。
この観光には必ず、ベトナム春巻の皮「ライスペーパー」造りの農家を訪ねます、こっちの方がどれだけ楽しい事か。


世界遺産とロングステイベトナム ベトナム北部・ハノイとハロン湾


1999年に訪れたハノイのお話
社会主義国家に共通した街造りは何か?、ピョンヤン・モスクア・ハバナそしてハノイそう、巨大建造物と個人崇拝の銅像です。
ハノイはベトナム北部に位置しているので12月は暑くはありません、却って寒いです。町全体もサイゴンからすると建物の色も 無彩色で落ち着いていて、緑の多い町でバイクよりも圧倒的に自転車が多いです。(1999年の話、今は知りません)、ハノイの見所 はホーチミンのお墓ぐらい、後は有名な陶器の村「バッチャン村」です、当時のガイドは未だ「ジッチャン村」はないのと言う 親父ギャグは理解できませんでしたが・・・一般家庭用陶器はメチャメチャ安いです、しかし少しでも芸術性があったり、外国人が喜びそうな ものは、本当に価値が解っているのかどうか知りませんがベラボウな値段を言ってきます。素朴な陶芸の村のベトナム人を、南国の 穏やかな仏教徒となんてゆめゆめ思ってはいけません、ベトナム人は長い間中国の属国として遣え、近代はフランスの植民地を経験し アメリカを相手に勝利した民族です。インドシナ半島で一番キツイ国民性があるのです。
ハロン湾
ベトナムの松島と例えられていますが、それではハロン湾が可哀想です。松島は箱庭、もっと雄大な風景です。
私達は一日でしたが、出来れば三日滞在して、沖合いに出れば素晴らしい風景が眺められる事でしょう、当時なかったのですが 空から眺められれば最高の絵が撮れるでしょうに。


世界遺産とロングステイベトナム ベトナム中部・フエとホイアン

世界遺産の街フエ
私達の世代はフエと言う街の名を聞くと、ベトナム最後の王朝グエン朝の都と言うより、ベトナム戦争の舞台のイメージが先行します。
写真家「澤田教一」の古城の壁を背にして戦う米兵であり、映画「フルメタルジャケット」の兵士の雨合羽であり、サイゴンの街中で 抗議の焼身自殺をしたお坊さんのお寺のある土地なのです。
そんな思いでこの静かな古都を歩きました、折りしもシトシトした雨でした、フォーン川に沿って歴代の王朝の霊廟が立ち並んで います、世界遺産と云ってもそんなに古いものではなく、ほんの明治・大正時代の昔の話、あくせくと観光で動き回るのではなく ゆっくりと滞在して歩き回るのが一番の過し方だと思います。
ホイアン
タイのアユタヤと同年代で、インドシナ半島の日本人町として栄えた港町で、ベトナムでは唯一当時の街並みを残している場所です、 名所は今でも「日本橋」と呼ばれている小さな橋です。ここら辺りになると未だ古き良きベトナムの田舎を感じられます。


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