ロングステイと世界遺産の旅 スリランカへの道
成田からスリランカの首都・コロンボへの直行便は、
スリランカ航空一社のみです。
日頃、アジアを旅慣れ、航空券の安さに慣れ親しんでいる人々からすると、この成田・コロンボ間の航空券の高さに、先ず
驚いてしまい、行く気を削がれますが、経由便でしたら数多く飛んでいます。
経由便の単純に安い順番からいくと
1,マレーシア航空・
2,キャセイ航空・
3,シンガポール航空・
4,タイ航空・
5,エミレーツ航空の順番ですが、当然ながら各種条件が違って、単純に何処が最も安く、使いやすいとの比較は
出来ません。時期にも寄りますが、直行便の
スリランカ航空が一番安い時期も有りますので、旅のスタイルに合わせて、当サイトの
情報リンク・航空券検索を御参照下さい。
スリランカへの旅のスタイル
最初の旅1977年は、団体PACツァーでした。この時期、旅は添乗員付きの団体PAC以外の選択肢は思いもよらず、ごく当たり前に
考えて、参加しました。二回目は、海外旅行誌の先駆け「abロード」の全盛期で、サラリーマンでも個人自由旅行が出来る環境が整い始めてきた頃
ですが、未だ「格安航空券」と言う言葉はどこか胡散臭い・違法性が感じられていた頃で、スリランカの個人ペースの旅を調べて
行くと、
「二人催行・主催旅行」が目に留まりました。
今では当たり前になっている、世界遺産や秘境の「二人催行・主催旅行」は、この頃のスリランカが先駆けです。
スリランカは、北海道の8割ほどの面積の島国です。
国内航空路線はあるものの、軍隊と貨物専用で一般旅客用はありません。中央に2000m以上の山塊・北部に政治的民族問題・そして島国故の長い海岸線
を抱えている為、高速道路はありません。ので移動は車とバスと少ない列車になり、100%個人自由旅行には、ややハードルが高い国
となっています。
そこで、スリランカ観光旅行独特の旅のスタイルが生まれました。
日本語ガイド・ドライバー・ホテル・旅の全期間の食事・観光入場料全て込みの、
究極の二人催行旅行(一人でも可能、但し割高)です。
ロングステイと世界遺産の旅 今回の旅の予算
へたに、自分で格安航空券・ホテルを手配し、スリランカの交通事情のなかで動くよりも、却ってこのように包括主催型を利用する
ほうが、どう電卓を叩いても安くなります。後はルート・観光地の選択・変更が出来るかどうかですが、スリランカの二人催行・主催旅行
は、色々なパターンが用意されておるのと、フレキシブルに対応しています。
今回、インターネット検索で探し当てたのは
ステラツァーズと云う大阪に本社を置く会社です。関東にはあまり知られてはいないのですが、大阪の旅好き友人の間では
良く知られている会社だそうです。
旅程は過去二回の旅と大半はダブりますが、最後に訪れてから15年経ちますし、今回は、ロングステイに適していると言われている
インド洋に面した、南部から西部を廻る旅程が組まれている9日間のツァーにしました。
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・・・2006・9 成田発 スリランカ9日間・ホテルスタンダードクラス 二人分予算・・・
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| 支払い項目 | 金額 | 人数 | 合計金額 |
| 基本ツァー代金 | 129,700 | 2 | 259,400 |
| 燃料特別加算金 | 19,000 | 2 | 38,000 |
| 成田空港使用料金 | 2,040 | 2 | 4,080 |
| コロンボ空港使用料金 | 2,000 | 2 | 4,000 |
| 香港空港保安税 | 1,200 | 2 | 2,400 |
| 航空券郵送料金 | 500 | 2 | 1,000 |
| 旅行会社支払い総額 | 1,200 | 308,880 |
| 国内交通費JR大船・成田空港間往復 | 4,420 | 2 | 8,840 |
| スリランカ国内経費 |
| ガイド等のチップ合計 | 80$ | 1 | 10,000 |
| 私的飲み物・空港待ち時間の食事 | 50$ | 1 | 6,000 |
| スリランカお土産類 | | | 15,000 |
| 総費用 | | | 348,720 |
通常のロングステイを目指す完全個人旅行の場合、二人で10日間の予算を2000$と目標していますが、今回の
ように、観光巡りを主体とすると、予算を大幅に上回る事になります。が、以上の旅程を完全個人自由旅行で
組んだ場合、どのくらい費用を削れるかは、疑問です。
確かに、余分な日本語ガイド・車・それに伴うチップ等の経費は抑えられますが、一週間で廻った場所を再び
二人だけで廻ると恐らく最低、倍の二週間は必要で、それに伴いホテル代の出費もありますから、スリランカの
場合、特別拘りがある場合以外でしたら、このようなツァーを上手に組み合わせるのが、中高年夫婦の賢い
旅の方法だと思います。
ロングステイと世界遺産の旅 フライトスケジュール
今回のツァーには、往復の航空運賃が含まれておりましたので、航空会社・スケジュールは選べません
でした。当然の如く直行便ではなく、経由便のキャセイ・パシフック航空でした。
経由便とはどんなものなのか? 参考にして下さい。
9/24 (日) CX 509 成田発10:00-香港着13:25
9/24 (日) CX 703 香港発18:40-バンコク経由(1時間30分機内待機)-コロンボ着23:15
10/2 (月) CX 710 コロンボ発02:15-バンコク経由(1時間30分機内待機)-香港着12:10
10/2 (月) CX 500 香港発15:05-成田着20:20
若い時には、この程度の乗り継ぎ、トランスファーは何の苦にもならず、かえって違った国の空港でエトランゼとして
過ごす時間を楽しみにしていたのですが、流石に50代半ばを過ぎてくると、体力的に負担に感じるようになり
、多少少し高くても直行便にしようかな、なんて弱音も出てきています。
安いチケット
安いチケットには、当然理由が存在しています。今回のように、深夜に到着して、深夜に出発したり、或いは
バンコク便のように、早朝出発したりするのは、まだマシで、同日乗り継ぎ出来ずに経由地で宿泊するケースは
多く存在します。空港隣接のホテルは押しなべて高く、或いは市内までの交通がタクシー以外にない場合もあり
どちらが安くつくかは、細かく電卓を叩いて計算してみてください。
最近の日本からのツァーの第一日目の宿泊は、首都コロンボではなく、空港から近いインド洋に面した、ニコンボ
に泊まります。理由は沢山あり、
・空港から近く、翌日の出発に便利な地域的条件
・コロンボのホテルが高いと言う経済的的条件
そして、最も大きな理由は、コロンボ市内が危険だと言う事です。スリランカへ行くと言うと、殆どの人が
危険ではないのと、云います。それほど左様に日本の新聞でスリランカの文字を目にする時は、政治的テロ
の記事が大半だからです。
確かに、スリランカは、北部にタミール人の問題を抱えていて、旅している間に何回も重装備の兵士の検問に
会いました。数年前には、この国際空港にタミール人テロ組織「タミールの虎」によるロケット弾攻撃があり
閉鎖に追い込まれましたし、二回目の旅で宿泊した「ヒルトン」もロビーで爆発事故がありました。
普通に考えれば、日本のように安全とは云えませんが、だからと云って観光に適さないほど危険と云う訳では
ありません。
私達の感覚ですと、アメリカ本土・ヨーロッパの都市よりは安全ではないかと思います。理由は単純に私達と
同じアジア人であり、仏教徒それも昔ながらの上部座仏教徒の国なのですから。
アヌラーダブラは、紀元前3世紀の時代より開かれた、世界で最も古い仏教遺跡の町です。
仏教の故郷は勿論、北インドですが、仏教が誕生してから衰退し今やヒンドゥー教の国ですが、その昔の当時の
仏教の姿が色濃く残っているのが、ここスリランカであり、紀元前3世紀より今日まで、古代遺跡としてではなく、
今も信仰の対象として、人々から崇められている、民衆のお寺がある国がスリランカなのです。
インド仏教伝達の道は、西進して、パキスタンから遥か、シルクロードを伝わって中央アジアに広まり、今でも、ウズベキスタン
・アフガニスタンに足跡を残し、北進して
チベット仏教となり、現在のネパール・ブータン・チベットを代表するチベタン仏教と発展し、東進してミャンマー・
タイ・ラオスへ伝わり上部座仏教として今日まで伝わり、中国・韓国そして海を経由して538年、東海の日本に伝わり
大乗仏教として、今日に至っている歴史があります。
スリー・マハー菩提樹
インドの釈迦の生地、ブッダガヤの菩提樹の分け木と仏陀の歯が、この光溢れる国スリランカの誕生と、言われており
アヌラーダブラには、その菩提樹が2300年の長きに渡って厳重に保護され、現在に至っている。
観光用の遺跡ではけしてなく、現在も行き継いでいる信仰の場所であると言うのが素晴らしい。その分、アジアの仏教遺跡では
当然の事ながら、ショートパンツ・スカートでは入れず、どんなに暑くても素足での入場となる。

ポロンナルワと、その周辺はスリランカ観光の最大の見所が集中しています。
短いPACツァーでも欠かせない場所で、アヌラーダブラの第一期王朝に続く第二期王朝として栄えた、日本の歴史に
で云うと「鎌倉時代」にあたり、仏教文化が最も栄えた時代で、これらの都市遺跡・寺院群が「世界遺産」に指定されています。
特に有名なのが、一つの岩山から掘り出された、涅槃像・立像・坐像からなるガル・ヴィハーラで
仏陀の出家・悟り・涅槃を表している、仏教彫刻の至宝とも言われています。
シーギリアは、ポロンナルワより遥か古く5世紀、日本では仏教伝来以前
の古墳文化時代の遺跡です。
狂気の王、カーシャバが父王の死後の王権相続の争いの中、弟の復讐を恐れて、平原にそそり立つこの岩山の頂上に王宮
を建設したのです。しかし、その王宮もたったの11年間しか住まなかったのですが、彼は、後世に偉大なものを残しました。
シーギリア・レディと呼ばれる、当時王宮に仕えていた後宮の美女たちのフレスコ画が
途中の近づけないような岩肌に驚くべき色彩で残っているのです。
岩山を登りきった所に、「ライオンテラス」と呼ばれる広場・ゲートがあり、王宮はさらにその上、鎖チェーンを掴まえて
足幅以下の階段を登った先にあります。此処には、「ススメバチ避難小屋」があります。近年ススメバチの被害に会う観光客
が続出して、小さな小屋が建てられました。
は、標高300mのほどの
なだらかな山々に囲まれた盆地にある美しい古都です。
アヌダーラプラ・ポロンナルワに続く、第三王朝の都として、イギリス植民地となるまで続いた、スリランカの人々に
とっては、日本の京都的存在のるスリランカ第二の大都市です。文化三角地帯の小さな町からこの街に入ると、商店街も
充実して都会を感じさせ、街の中心には人造湖、周りは深い緑に溢れ、ロングステイ候補地として、人気なのも頷かせる。
首都コロンボからアクセスも良く、多くのヨーロッパ人が第二の人生を送る場所としても人気が高いが、観光客的視線ではなく、
日本人のロングステイ地として、改めて眺めると、静かな歴史溢れる土地ではあるが、日本人中高年リタイヤ・ロングステイ族が
求める欧米、日本のような食生活の充実・買い物の便利さには程遠いものがあり、せいぜい一週間〜10日間、この地の居心地の良い・
安い宿に泊まり、左画像のような市内の仏歯寺や近隣の世界遺産
ダンブッラの石窟寺院を廻り、イギリス人が造った広大な植物園で、豊かなのんびりした時間を過ごす程度の
土地であろうと思われる。


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ヌワラ・エリアへは、キャンディから標高1000mを超える峠を越えていく。途中一面の
お茶畑が緑の絨毯のように美しく広がり、各所に観光客向けのティ・ファクトリーがあり
スリランカのお土産に絶好の、象の陶器に包まれたセイロンティが売られている。
地域の中心の街がヌワラ・エリアで、街全体としては、歩いて廻れるほど規模の街で、画像から解るように熱帯とは思えない
ほど朝夕は冷え込み、この街の学校の生徒たちは、真っ白な制服に、学校毎に決められたカーディガンを着て登校する姿、色が、
この高原の緑を背景として、街に彩りを添えている。
スリランカを旅していて、この国の学校教育への取り組みを感じ取れる。
どんな田舎の町にも、整備された学校があり、通う生徒の身なりも清潔感溢れる姿で好感が持たれ、親・政府の子供に対する
期待を感じ取れた。
反面、この地域を車で移動していて、何回も重装備された軍隊の検問に会う。
この地域は、本来のスリランカの民族シンハリ人よりも、インド南部からイギリス人の紅茶栽培の為に移住させられたタミール人
が多く住む地域である。タミール人の宗教は、インドヒンズー教と云う事もあり、北部タミール独立武装組織「タミールの虎」の
潜在的支援地域でもある為、幹線の至る所でで検問が行われおり、スリランカの政治的現状を実感する。
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ティサマハラーマへは、スリランカ最大のヤーラ自然保護国立公園へのゲートタウンです。
この国立公園が一躍日本で有名になったのが、ちょうど二年前の2004年12月26日のインドネシア津波です。
詳しくはスリランカの津波被害をご覧下さい。
なんの防御も知識もないスリランカの東部・南部海岸に、スマトラ沖で発生した地震による津波が、マンダマン海・インド洋を
渡って、朝早く早朝の動物観察を終え、海岸沿いのレストハウスに休憩にきていた、中高年の日本人観光客を襲ったのです。
今回の私達の日本語ガイドの友人も、この時のツァーガイドで亡くなったそうです。
2006年10月現在、一時再開したヤーラ自然保護国立公園は、再度閉鎖中で、私たちはもっと規模の小さな
ブンドゥラ自然保護区に動物観察サファリーに出かけました。
さして期待はしていなかったのですが、先ずは驚いたのが、野生の孔雀が飛び回っている様です。
孔雀とは、人間の飼育動物とばかり思っていたのですが、本来は野鳥で、ここでは驚くべき数の孔雀が繁殖しておりました。
もっとも驚き、感激したのが、野生の象です。
アフリカでしか見られないと思っていた野生の象の姿を此処で初めて、目にしました。藪のなかを静かにそして、思ったより早く
動く野性の象が私達のジープの前を横切り、再び森の中に消えて行きました。
意外と知られていない・・・私だけが知らなかったのかも知れませんが、スリランカは野生動物観察の保護区が多い国なのです。
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ゴールはスリランカ最南部に位置する、ポルトガル人が築いた古い港町です。
町全体を城壁で囲み、海賊・イギリス・スペイン他国の侵略を防いできた歴史ある街で、今回の津波も思ったほど被害が少なかったのも
この城壁のお陰と云われています。
城壁内は一つの小さなポルトガルの町がそのまま存在していたようで、今でも面影が残って、世界遺産に登録されています。
アハンガマと云うゴール近郊の漁村では、海中に立てた杭に座ってする漁が有名ですが
、今やこのスタイルでする漁をする人々はほとんどおらず、夕方にこの杭に乗って漁をするのは、観光客目当てにチップを
稼ぐ人々しかいませんので、御注意を。
ヒッカドゥアは、スリランカ一のインド洋リゾート地して近年脚光を浴びています。
1970年代当時ヒッピーと呼ばれていた、西欧の若者バックパッカーが、安い沈没地として集まったのがこの町の始まりで、
静かだった漁村が、今では海岸線はすべて高い塀で囲まれたホテルに占拠され、昔の面影はない、俗悪なリゾート地と
なってしまいました。
観光客の多くは、今や豊かになり始めた東欧からの中高年団体客で、他のアジアのリゾートと少し違った雰囲気です。インド洋は
どうも、モリジブと混同しがちで、実際、日本人が思い描くような海とは程遠く、荒れた、高い波の海で、サンゴ礁の透明度の高い浜辺はありません。
ましてや、大好きなショッピング環境もなく、周りは雑貨店・御土産屋程度で食事は高いのを覚悟でホテルとなります。
インド洋の海は、サーファーには良いのでしょう。近年ここに住み着く日本人が多くなり、この方々が宿泊設備・情報を提供するようになり、
一部ではロングステイする方がいらっしゃるようです。詳しくは当サイトの海外現地旅行社情報のスリランカを
ご覧下さい。
スリランカへのロングステイ考察
物価
スリランカは物価の安い国、と云う漠然としたイメージがありました。私たちはロングステイを
志す国に入った時、必ず聞く事があります。
その国の首都に住む、普通の広さのアパートを借りているごく
一般的、40代の夫婦で子供は中学生と小学生な家庭の一ヶ月の生活費は幾ら?
と・・・物価は為替相場で換算してはいけません。日本のマスコミはロングステイものを
取り上げる時に必ずと云って、物価の安さを取り上げますが世界一高い東京から来れば安いのは
当たり前なのです。特に旅行する場合、本当のその国の価値観を最初に掴んで措く必要があるから
、初日に必ず聞くようにしています。
返って来た回答に愕然としました。1ケ月1000〜1200ドル
と云うのです。本当なの?スリランカだよ。
2005年のスリランカの一人当たりのGNPは830$です。日本人に人気のタイのGNPは1970$と、2.4倍
も高いのですが、バンコクの一般労働者の賃金は400〜500$で、やはりこれだけでは物価の高い
バンコクでは生活していけないので、家族全員で働き生活していますが、勿論1000$も生活費はかかりません。
これを踏まえてコロンボの生活費の高さは、異常です。
これを裏付ける話を聞き、体験しました。
チップ 2006年10月の100スリランカルピーは1US$です。正規の
銀行で両替した値段で、他のホテル・土産物屋は安く、ひどい所では88ルピー1US$でした。つまり
1ルピー1.2円〜1.5円なのです。ホテルのボーイのチップとしては、GNP物価比較からしてせいぜい
20ルピーが妥当で、確かにガイドブックもその位の金額が書かれているのですが、ガイドの話では最低
100ルピーと云うのです。1ドル、馬鹿な事云うなよ、アメリカのホテルとスリランカの田舎のホテルと
同じかよ。私達をビギナーツーリストと勘違いして言っているのかと思ったら、本当にそうなのだと言い張ります。
スピード違反の罰金2500ルピー 旅の途中、私達の車が警察のネズミ捕りに
ひっかかり運転手が罰金を払いました。2500ルピー、彼の一日の稼ぎ位と云うのを聞いて、コロンボでの生活が
1000ドルかかるかも知れないなと、感じ始めました。スリランカは高いです。
食事事情
当然の如く、カリーが中心です。今回の旅では三食全てインクルードでしたから、特別別料理をリクエスト
しない限りは、スリランカカリーです。一般的にはカレー煮込みのおかずが3品〜5品に大量のご飯です。
私達は、インド・パキスタン・ネパール・ブータン・ミャンマー等各地でカレー漬けの旅を経験しているので
別段不自由しませんが、ロングステイとなると話は違います。
私達お気に入りのアジアの国に在って、この国にないもの、それは美味しい・安いフードコート
です。この国の都市部にはかなり、ファーストフードを見かけましたが、自由時間が少なかったせいもありますが、
アジアでは当たり前のフードコートを見つけられませんでした。
スリランカの人々は、インド人と似ていますが、全く性格は違い、仏教徒でもある故か性格は穏やかで、日本人に
とっては、相性の合う国民性だと思います。しかし、航空機エァーランカの高さ、物価の高さ、食事事情を考えると
スリランカは時々、旅する国であって、ロングステイは当分ないでしょう。