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今まで、色々な国を旅してきました。そして、良く聞かれるのは、何処の国が一番良かったですか?是非お勧めの国はありますか?です。 昔は、そんな時、一つに絞るのは難しいけど、敢えて言えば、ボリビアのラパスと答えていましたが、この国を訪れてからは、迷うことなくお答えしています。 ブータンを旅せずして、世界・アジアを旅したと云えない。 ブータンには、私達が旅先で求める、新しい発見・驚き・感激・歴史・文化・宗教、そして何よりも暖かい、懐かしい もてなしが在ります。 この記事は、私達夫婦が2001年夏に旅してブータン九日間の記録です。 2010年現在 ブータンに世界遺産登録された遺跡・建造物はありません。 ページ内インデックス
世界遺産の旅ブータン ブータンへの道
1,旅のスタイル私達は、個人旅行の形態で、日本のブータン旅行のパイオニア西遊旅行社に依頼しました。 全く同じ日、同じ旅程で、西遊主催のPAC旅行がありましたが、敢えて個人手配の形にしました。理由は、個人手配でも、団体参加 でも、さして料金が変わらないからです。 何でこんな不思議な事が起こるかと云いますと、ブータン政府の特殊な観光政策があるからです。 ブータンが外国人団体観光客を受け入れたのは1974年で、それまで外国人は政府関係者以外は入国できない 「鎖国状態」だったのです。 理由は、後のブータン文化の項目で詳しく書きます。 徐々に観光客を受け入れ始め、2000年には、日本人が一番 多く年間1000人を突破しました。 年間1700万人が海外に旅する日本人のなかの、たったの1000人です。 巷で云われている観光客入国者数制限は実際にはありませんが ブータンを旅するには大きなハードルがあります。それは、ブータン国内費用です。昔のミャンマーのような強制両替制度に 近く、又異質なケースで、どんな旅のスタイルであっても、外国人旅行者は現地旅行会社に 1日一人あたりUS200$の公定料金と定められています。この費用のなかには、ホテル・食事・ガイド・車・ 入場料などのブータンを旅する、全ての費用が含まれています。 通常の国への旅行では、現地での観光・宿泊・人件費などのコストを積み上げて旅行費用が割り出されてくるのですが ブータンの場合、既に1日当り200$と決まっている、と云う事は、他の国ではオプション扱いされるような、体験でも 追加料金なしで、利用可能と云う事です。現地に入りガイドと上手くコミュニケーションが取れれば、団体PACにない、 自分達だけの旅が可能の上、 団体PACで行っても、個人手配で行っても国内料金は、さして変わらないのです。 現実には、割増料金(一日一人+30ドル)がありますが、日本の代理店レベルでは、 顧客に対して航空券等で吸収サービスしている所もあります。 西遊旅行社以外で、ブータンの個人旅行の手配を扱っているの下記の旅行代理店です。
2,ブータンへのルート
バンコク(朝便)⇒コルカッタ経由⇒パロ デリー⇒カトマンズ経由⇒パロ カトマンズ⇒パロ 何れもブータン王室所有のKB(ドゥク・エァー)が飛んでいます。※日本から前泊なしでは入れません。KBは王室所有 の小型ジェット機を外国人観光客用に貸し出しいる形なので、王室が使用する時は、キャンセルになりますし、パロ空港は、小国の 限られた谷間の敷地にある為、気候に左右されデイレーは頻繁にあります。余裕を持った日程が必要です。 ※羽田空港国際化された2011年より、羽田発の深夜便を使うことによって、早朝発のKB(ドゥク・エァー) に間に合います。 世界遺産の旅ブータン ブータン個人手配旅行の総経費2001年8月11日〜19日と云うド・ピーク時の二人分の総費用を公表しますので、参考にして下さい。
二人で、総額80万円と云う費用は、全く同じ旅程・日程の西遊主催の15名の団体PACと同じ金額です。 ブータン内で追加料金が必要な、二人だけの個人手配と何故同額になるかと云いますと、団体主催旅行には、添乗員が同行している 分と、募集経費の分が含まれています。つまり、西遊の経費分とブータン国内追加分がほぼ同額なのです。 最低限の旅の英語力と、旅の知識があれば、ブータンに限っては、絶対個人手配旅行をお勧めします。 2007年3月現在、ブータンの閑散期・冬季の一日辺りの値段は165$になり、BKKへのフライト値段等を上手に利用すれば、 燃料加算なしで20万円台は十分可能な数字です。 ブータン旅行 国内費用値上げ 2012年1月より、現在の1日200ドルの滞在費は、年間共通の250ドルになるとの情報です。 詳しくは、シデ・ブータン 参照 世界遺産の旅ブータン おとぎの国の入口 パロ
ブータン唯一の国際空港がある、谷間に水田が広がる小さな町。美しい田園風景がひろがり、パロ川の畔には柳並木が続く、まるで昭和初期の頃を彷彿させる懐かしい日本の田舎のような街です。 ホテルは、地図上の★ホテル・ドゥク 小高い丘の上にあり、中央を流れるパロ川を挟んでパロの町全体が見渡せます。
ブータンはテーマパーク?
空港で出迎えてくれたのは、民族衣装を着た西遊からの事前の案内では、英語ガイドと聞いていましたが、Yumu君は片言ながら日本語を話し、Pema君は ブータンの公用語の英語を綺麗な発音で話すので、安心しました。彼らは同い年なのですが、本当に好対照の二人でした。 Yumu君は、インド国境に近い、低地の農村に生まれ育ち、都会に憧れてテンプーへやってきて、マンダラツァーの社長宅に見習い・住み込みで 働いてきて、現在に至ったおり、一方 ドライバーのPema君は高校まで首都ティンプーで育ち、大学はインドへ留学した経歴の持ち主で パソコンも持っており、実姉がティンプー市内でインターネット・カフェを経営しています。 旅の間、Yumu君はづっとこの民族衣装でしたが、ドライバーのPema君はGパンでした。 Yumu君に、「ブータンではこの民族衣装着用は義務なの?」と聞いてみました。 彼は「Yes」と答えたのですが、横からPema君は、「Obligation」でも「Law」でもなく「rule」である。と口を 挟んできました。その後二人はゾンカ語で話始めたので、解りませんが、Yumu君はPema君のGパンが気に入らないようです。
町に入ると、全ての建物がブータン様式で建てられており、町行く人々は全て、民族衣装の
ゴとキラで、18世紀のチベットへタイムスリップしたようで、ブータン国民全員がテーマパークを演出しているようですだと
云う人が現われるのも、納得します。どうしてなのかは、Yumu君の解説で納得しました。
ブータンは地図で解る様に、北は中国、南はインドと云う大国に挟まれた、小さな山国である。チベットが中国に吸収併合され、 シッキムがインドに飲み込まれたように、ブータンが独立を保つ為には、自国民のアイデンティテイを常に意識しなければなら ないのと、国際社会の協力が必要である。
♪ 兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川 ♪ パロの風景は、私達団塊世代が過ごした昭和20〜30年代の風景がそのまま残っています。 個人旅行の形態なので、必ず連泊し、移動時間は少なくし、自由時間はたっぷりをとりました。 ホテルから町の中心に行く途中、小学校や、師範学校があるので覗いてみました。子供たちは変に外国人観光客 かぶれをしておらず、かと云って変に媚もせずに、普通に興味を持って私達のデジカメを覗き込んで楽しんでいま した。
パロ川沿いに、弓道場があり、休日の午後男たちがアーチェリーを楽しんでいました。 的は100mほど先にあり、弾道を描いて飛ぶ矢が当ると、周りの男たちは、踊って祝福します。服装はブータンの正装、 ドテラのようなゴを着て、ハイソックスに黒の革靴、皆さん、意外と良い靴を履いているのに 少しびっくりしました。 ガイドのYumu君に聞くと、男は靴に金を掛けるのだそうです。 一般家庭訪問
午後、Yumu君の知り合いの農家にお茶に呼ばれました。 ごく、一般的なクラスの農家だそうで、一般的には二階建てで、下が倉庫と家畜小屋で、上が住居です。 家の中は、昔の日本と同じで仏壇がある部屋が一番立派で次が、私達が通された客間です。ここで初めて バター茶をいただきました。スナックはやはり昔の日本と同じでお米を干して 甘く味付けしたものや、お煎餅です。 ブータン旅行中の食事は、オーダーしない限りはブータン料理です。メインは青・赤唐辛子、ヤクの脂、各種の野菜 です。飽きてきたら、西洋風の料理を頼めば出してくれました。 タクツァン僧院
ブータン観光は、チベット仏教寺院でもお祭でもなく、最大の目玉は、人々の暮らしにある事は勿論なのですが、ここ
タクツァン僧院は圧巻です。パロから車で1時間ほど行き、車道から松林の中を歩き始め、登り詰めで二時間で、「展望台」があるレストハウスに 到着する。ここから先は一般観光客は行けない。 寺院ではなく、僧侶が修行する為の僧院であるので、現世から隔離された場所に建設されているが、展望台のチョルティン 越しに見る僧院は荘厳な雰囲気がある。 道はそれほど悪くはないが、標高が高いので、それなりに汗をかくし疲れる。東京近郊のハイキング登山程度の覚悟は 必要。馬による登山も可能。 世界遺産の旅ブータン ティンプーへ
パロからティンプーへは、標高3000mのドチュラ峠を超えて行く。8月、未だ雨季の明けていない、3000mの峠は霧がかかっていて、冬季なら綺麗に見渡せるヒマラヤの峰々は全く 見えない、車内は標高が増すにつれどんどんと温度が下がり、軽いセーターが必要な程である。 ブータンでは、峠と云わず各道路の要所には、旅の安全を祈るチョルティン と云われる 五色の仏教旗が旗びいている。風か通る度にお経を読み、又風に乗ってお経を伝えて行く。 チョルティンと同じように、幹線道路には、何箇所もの検問所が設置されており、 行政区域を越える度に、外国人はパスポートの提出を求められる。 松茸天国
山道を走っていると、沿道の露店で山菜・花などが売られており、中にはキノコ類も多い。ブータンの山々は松が多く、近年松茸の日本での価値が知れ渡り、大阪を中心に輸出されるようになった。しかし それでも、国内、特にこのような沿道での値段は驚くべき安さで、この左の画像全部で500円ほどである。 日本へのお土産用は、パロへの帰り道に買う事にし、今晩ホテルで調理してもらう為に、ありったけ買い占める。 ブータンでは一般的に松茸は、炒め物として食べるようであるが、日本への輸出でかなり高額なものと変化している との事でした。ティンプー、最後の夕飯は、現地旅行会社ブータン・マンダラツァー社長 御招待の松茸食べ尽くし大パーティで、一生分の松茸をこのブータンの旅で食べたと思います、 首都ティンプー
田園地帯のパロから入ると、さすが一国の首都の賑わいはありますが、信号機はなく、ただ一箇所町の中心で
警察官による交通整理が行われていました。ホテルの裏側にサッカー場があり、学生・兵士がサッカーをしています。この頃インドの制作による、ブータンの 少年僧がワールドカップ中継TVを見る為に奔走する映画が話題を呼んでました。ブータンのTV事情は国営放送は1chのみ、 で一日4時間のみ。一般的には40chあるケーブルTVをみているそうですが、ほとんどがインドの番組です。こんな事からも ブータンの人々が自分達の着る物・住い・言葉に拘らずにいられない事情が汲み取れます。 私達がティンプーのホテルから眺めていたサッカーグランドで、翌年2002年、横浜でワールドカップ決勝戦が行われていた 頃、当時FIFAランキング202位のブータンと、203位のカリブ海の島国・英領モンテセラトがこの地で 「FIFA世界最下位決定戦」がキックオフされました。 オランダの広告代理店の人間が、自国の出場を逃がした無念の思いで、遊び半分に企画したのであるが、途中からこれらの 自分達の知らない小さな国でも、少年たちが一生懸命にワールドカツプを見る努力をしているのに打たれ、スポンサー 探しに奔走して実現したゲームである。のちに映画され 「もう一つの決勝戦〜アザーファイナル〜」は感動を呼んだ。 ちなみに、この試合4対0でブータンが勝ちました。 ツェチェ(お祭)
ブータンへの観光シーズンは、ツェチェ(お祭)が行われる春と秋です。8月は雨季と云われ、公定の料金も通常の200$から 165$に下がります。雨季と云っても毎日雨がふる訳でもなく、山々は緑に覆われ観光には全く支障がありません。現実に 私達がブータンで過ごした7日間、朝夕の小雨はありましたが、傘をさしての観光は一回も有りませんでした。 ツェチェの模擬体験は、ティンプーの学校で行われています。学生らが集まって外国人観光客の為に、歌と踊りを披露して くれます。今回旅していて、学校に立ち寄ると学生たちが授業の一環として、校庭で踊りの練習をしているのを、良く目に しました。 ゾン(城・行政府)
一般的なブータン国内7日間の場合、パロとティンーの他に、古都プナカとウェンデイボダン
のゾン観光が組み込まれます。ゾンとは、画像でも解るように、お城なのですが、機能としては、各地域の行政府と寺院と宮殿を兼ねたような場所です。 チベット仏教の聖地ラサのポタラ宮の小型版です。ブータンの各地・各行政地域には、昔からこのようなゾンが存在し、今でも 地域の核として使用されています。 旅の終わり
ティンプーから再びパロに戻り、半日パロの村を散策して過ごしました。
通りすがる女学生たちが唄を歌いながら歩いてきます。それを優しく見つめる老人たち、本当に団塊世代
の私達には懐かしい風景がここには有ります。どんなに素晴らしい国でも旅していると、嫌なことや、ムカッとする事はあるのですが、この国の七日間 では一つも有りませんでした。 普通の人々が、普通に、媚もせずに、外国人観光客の私達に接してくれる国、そんな国は私達が知っている限り では、ブータンだけです。 世界遺産の旅ブータン 参考旅程表
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