定年後の終の棲家を求めて

青い鳥は何処にいるのか
早期退職団塊世代夫婦のロングステイライフの記録

ロングステイページ内インデックス

仏教世界遺産の国 わが愛するミャンマー

ロングステイを考え始めた時から、候補地の条件的な問題は有りますが、仏教世界遺産の国ミャンマーで のんびり・グータラに過せたら良いなー、と考えていました。
東南アジアの仏教国で ありながら、インドと国境を接しているため微かに南アジアの香りを残す、魅力的な国です。

初めて、ミャンマーを訪れたのは1995年、ミャンマーがまだ軍事政権で、入国時に悪名高い強制両替が あり、中国やキューバと同じ外国人用の二重貨幣制度が残っていた、文字どおり、半鎖国状態の秘境の国でした。

その後、外国人観光地域が開かれる度に、何度も個人旅行の形で旅して来た、記録・情報です。しかし 現在2015年の経済開放・自由化は異常です。外国人物価・観光費・ホテル代は高騰し、ニューヨーク よりも高いと云われています。昔は知る私たちには、もうミャンマーは遠い国となりました。


仏教世界遺産の国 ミャンマー・ヤンゴンへの行き方

残念ながら、成田からミャンマーの首都『ヤンゴン』には直行便が飛んでいません。でした。過去の旅の時は 全日空が関空から飛んでいたのですが、採算割れで中止してからというもの必ず乗換便となります。が、2015年、 ミャンマーの自由化から、再び全日空が成田からの直行路線を開設しました。
成田・ヤンゴン間ANAフライトスケジュール 2017のお値段

往路 NRT13:50NH 0813 18:30 RGN
復路 RGN21:45NH 0814 06:50 NRT
込み込み価格85,000円
便利ですが、兎に角安く行く人向けに、主な乗換経由地、安い順番に並べると
1,台北 2, クアラランプール 3, シンガポール 4, バンコク

成田・ヤンゴン間フライトスケジュール 2017 最安値は
往路 NRT109:15CX0509 13:10 HKG
乗り継ぎHKG21:45CX5250 23:30 RGN
復路 RGN01:10CX5250 HKG
乗り継ぎHKG15:10CX0500 20:25 NRT
込み込み価格48,711円

情報は刻刻と変化していますので、ここに掲載されている情報は参考として、最終的にはご自身にて ご確認下さい。
2012年3月のフライト
前回の2009・5月の時と比べるとかなり高くなっていました。
中華航空台北乗継 3月20日発3月29日着10日間FIXチケット料金
航空券料金20,500
燃油サーチャージ18,400
成田空港使用料2,540
ヤンゴン空港使用料800
航空保険料1,240
代理店発券手数料3,000
 合計46,480

成田・ヤンゴン間中華航空フライトスケジュール 2012・3
往路 NRT16:30 CI-101 19:30 TPE
翌日 TPE07:20 CI-7915 10:10 RGN
復路 RGN11:100CI-7916 16:35 TPE
翌日 TPE 08:55CI-10013:05 NRT

2009年5月のミャンマーへのフライト 行き方
GW明けのアジアへのチケットが安いのは、知っていました。
雨季に入り、旅行者が少なくなります、旅行者が少なくなる理由は雨季と云う理由よりも 暑季、一年を通して一番暑い時期で、屋外の観光には向かないからです。
当然、国内のホテルも航空機路線も安くなります。 トラベル子で調べると、最安値は28,000円+燃油サーチャージ10,000円+ ヤンゴン空港税+10ドル=34,900円でした。
先ず間違いなく、「中華航空」 です。台北で前泊・後泊が必要なフライトスケジュールです。
以前なら即却下でした。深夜・早朝の台北桃園空港での入出国と、意外に高い空港周辺のホテルの値段がネックでしたが、今回は 違います、昨年の暮に事前調査した、桃園空港内トランジットホテルの存在です。一泊1万円と高いですが、夫婦二人で 前後泊 しても、チケット+1万円です。
桃園空港内トランジットホテル「エバートランジットホテル( Evergreen Transit Hotel) 」 の予約方法などについては、台湾のページをご覧下さい。

2005年10月のミャンマー・フライトの時は
マレーシア航空を使いました。マレーシア航空はNWのワールドパークスが100%付きます。
アジアの各都市の高級ホテル二泊分が付くキャンペーン中で、燃料加算・保険料・空港税込みで一人71,100は少し高かった のですが、たまには高級ホテルに泊まるの良いだろうと考えました。
スケジュールとしては、復路は同日深夜の乗継で帰れるのですが、往路はクアラルンプールに泊まらなくてはなりません。ご存知ようにKL新空港は、町の中心から離れて いるので、多少高いですが、空港隣接の「パンパシフィクホテル」にしました。
「パンパシフィクホテル」はバギーサービスがあり、24時間巡回しています。税関出口から2分ほどの距離なので近くて便利なのですが、一泊100ドルと 貧乏旅行者夫婦には、とてつもなく高いのです。
今回、チケットを購入した日本の旅行会社に予約を依頼したのですが、後から調べて行くと、直接インターネットで予約したほうが 朝食込みで90ドルと安い事が判明しました。

その他LCCの検討 エァーアジアはどうか?
格安航空会社ともてはやされているエァーアジアですが、こと関東地方とヤンゴン間ではとても、中華航空 の値段には太刀打ち出来ません。
乗継の便の悪さもあります。羽田・クアラルンプール・ヤンゴン或いは羽田・バンコク・ヤンゴンを検討しても 特別キャンペーン価格の時以外は、利用は出来ません。

仏教世界遺産の国ミャンマーのビザ 査証 情報

仏教世界遺産の国ミャンマーはビザが必要な国です。ビザはインターネットで取れます。
ミャンマー領事館公式サイトを をご覧下さい。
大使館は東京・北品川にあり、最寄駅は京急北品川駅、徒歩10分。 或いはJR品川駅から新八ツ山橋の交差点を渡って、御殿山ガーデンの公園を抜けて行くルートで、徒歩13分。首都圏の方はご自身で取るのが一番安い方法です。
一人3,000円です。
申請は、月~金の9:00~12:00、受領は月~金の10:00~12:00です。

※2010年5月1日より、ヤンゴン空港で取得のビザ・オン・アライブが公式に解禁になったようです。
しかし、2012年3月時点でも情報が錯そうしていますので、安全をみるならビザは国内でとって行ったほうが無難でしょう。
他の方法として現地旅行会社が手配するアライバルビザと云う手もあります。
空港から市内の送迎代含めて65ドルです。 ヤンゴンNOWで扱ってます。

仏教世界遺産の国ミャンマー個人観光ビザの取得2009・5
過去三回の個人観光ビザは、簡単にとれましたが、2009・5は違っていました。
過去の申請時には必要のなかった 職業証明書が追加され、Report of Arrivalの現地保証人の欄が うるさくなっています。
何れも、2008年に起きた日本人ジャーナリスト殺害事件に端を発しています。 この方は、日本のミャンマー大使館 発給の観光ビザで入国し取材活動をしました。それ故に、職業証明書つまりジャーナリトではない、と云う 証明を求めてくるのです。
私たちのような、定年退職者の場合は大変でした。退職前の職業を証明しろとか、本当に退職者なら年金受給証明書 を添付しろとか・・・・・6年前に退職した私たちは以前の職業を証明する手段もなく、年金受給年齢に達していない のですから、何をもって証明してよいのか解りません。
最終的には、職業についていない、収入がないと云う証明、市役所発行の非課税証明書で落ち着いた次第です。
品川の大使館まで、電車で1時間以内に住んでいるから良いものの、関東近県以外でしたら大変です。
申請書類のダウンロード 申請書類は全てWebからダウンロード出来ます、がこのフォーマットのワードが曲者で、入力していくと 崩れて、とんでもない所に文字が飛んでいってしまいます。 そこで、エクセルでのダウンロードをお勧め致します。
ミャンマービザ エクセルフォーム

仏教世界遺産の国ミャンマー個人観光ビザの取得2012・3の場合
職業証明書
今回、私たち二人ともに60才を超えていましたので、職業を証明するのは、年金通知書でした。
専業主婦はやはり、市町村行政の発行する「非課税証明書」が必要のようです、それでは失業中・失業保険も切れた 無職のプータローの青年はどうすれば良いのか?、窓口で相談するしか方法はないのかな?

窓口の表記は英語とミャンマー語で書かれており、日本語の表記はありません。
でも、日本人スタッフがいるので何の心配もありません。

郵便振り込み
観光ビザの代金支払いは、指定された銀行への振込みだけです。現金での支払いは出来ません。
早速、近所の三井住友銀行のATMで自分の口座から振り替えで支払おうとしたのですが、ATMの画面は拒否して しまいます。
インターネットバンクによる振り替え・振込は出来ないと書いてあったのは、知っていました。それで わざわざリアル店舗まで来たのですが・・・・・・
銀行の店員に聞いたところ、ミャンマー大使館のビザ支払口座はATMでは出来ず、窓口でしか受付 ない、そして手数料は300円也。他に方法はないのです。

ミャンマーの祭日に注意
今回2012年の場合、2月20日(月)に申請しました。受領日は24日(金)以降と云うので、予定していた日に 生憎の雪だったりして、結局翌週の3月2日(金)小雨の中、鎌倉からJR往復1240円かけて、品川大使館に 出掛けたのですが・・・・、何とミャンマーの休日。

守衛所のミャンマー青年は「PEASANTS DAY」と云います。
なに---? ペーゼントデー、初めて聞く単語だけど 休みと云う事は解りました。
結局、申請に一度、受領に二度で鎌倉・品川間620円×2×3=3,720円かかった事になりますが、旅行代理店 に申請するよりは、やっぱり安いことには変わりありません。
ミャンマーの祭日は陰暦に由来する佛教がらみが多いので、2012年はこれで正解ですが、来年2013の祭日は 再び、ご自身で調べて下さい。


2012 ミャンマーの祝日
月 日 祝祭日 ENGLISH
 1月04日 独立記念日 INDEPENDENCE DAY
 2月12日 連邦記念日 UNION DAY
 3月02日 農民の日 PEASANTS DAY
 3月07日 タバーンの満月の日 Tabrung Full Moon
 3月27日 国軍の日 ARMED FORCES DAY
 4月13日
  ~
 4月16日
水かけ祭 Thingyan
 4月17日 ミャンマー新年 MYANMAR NEW YEAR
 5月01日 メーデー LABOUR DAY
 5月05日 カサンの満月の日 Kasone Full Moon
 7月19日 殉難者の日 MARTYRS DAY
 8月02日 ワソの満月の日 Wasao Full Moon
10月30日 タデンジュの満月の日 Tadingyut Full Moon
11月28日 タザウソンモン満月の日 Tazaungdaingmore Full Moon
12月08日 国民の日 NATIONAL DAY
12月25日 クリスマス CHRISTMAS

仏教世界遺産の国ミャンマー国内観光の値段と物価

悪名高き、個人旅行者向けの強制両替はなくなりましたが、歴然とした 外国人料金が設定されていて、他のアジア諸国と違って貧乏旅行者にとっては旅しにくい国です。
ミャンマー通貨はチャットKyatで2012年3月時点の相場は 1US$=810Kyat、1000Kyat=100円でした。 2009年5月時点の相場は1US$=1,050Kyatでしたので、30%も上昇しています。
発展途上国の流通通貨の常識からは考えられないような、対ドル相場の上昇の背景には、今ミャンマーで進んでいる 民主化と対外国に対する経済開放政策が考えられます。
以前は、旅行者は銀行でチャット購入の際は、実態とかけ離れた政策ドル相場が適用されていたのですが、2012年 現在では、セントラルホテル内の銀行窓口で、堂々とドルをチャットに換金出来ますし、その時の領収書があれば 再両替も可能になっています。

仏教世界遺産の国 ミャンマーの物価
前回の旅(2009)で、五人に聞いてみました。ミャンマーの普通の家庭両親と子供二人家族で一ヶ月、生活するのに いくら必要か?と、当然、住む場所や収入によって変わりますが、押しなべて平均50~70,000Kyat で生活しているそうです。
ちなみに、バガンの高級ホテルのボーイの一ヶ月の給料は、20~30,000Kyatです。
となると、シェダゴンバゴダの外国人入場料の5$はべらぼうに高いですし、国内空港でつきまとわるポーターのチップ 200Kyatにしても高いです。へんな空港で、チェックインの時に航空会社のカードをぶら下げた職員らしき男がすべて取り仕切り 中の待合室まで案内して、チップを要求しますし、到着時にはベルトコンベアーがなく、荷物はトラクターの荷台から降ろされる のですが、一般客が手にする前にポーターが奪い合ってしまうのです。このチップが200Kyat。外国人とみると200Kyatでは 大不満でもっとと要求してきますが、空港の荷物1ケ200Kyatは相場で、十分です、これはヨーロッパの客を案内していた他の 英語ガイドから聞いた、確かな値段です。

しかし、今回2012の場合、かなり違ってきています。同じ質問をヤンゴンに住む、旅行代理店のマネージャーにしてみました。
政府は、公務員の給料を100,000チャットに値上げるする方針だそうですし、ヤンゴンに住む一家4人家族月収としては、200,000チャット は必要だと話していました。
高校生の娘さんの1ケ月の携帯電話料金が或る月に、20,000チャツトもになり、大喧嘩したとの話を聞くと、日本の生活月収20万円で、 携帯・パケット代2万円と全く同じ感覚です。
この為替感覚で旅をすると、ミャンマーの物価は異常に上昇しています。
市内のタクシーの初乗りは1500チャット(日本円で150円)ですが、 感覚的には1500円になるのです。
 市内中心部から、シャダゴンパゴダまで2000チャット
 昼食のミャンマーランチが2000チャット
 喫茶店のクロワッサンが600チャットと云う値段です。

それでも、市内にはバンコクにあるような高級スーパーがどんどんと出来始めており、喫茶店では若者が、1000チャットのケーキを 食べていました。つまり、ミャンマーの政治的解放は同時に確実に経済格差を広げているようです。
先ずは地元のスーパーで物価を知る
個人旅行者でしたら、比較的時間に余裕が有りますでしょうから、初日に庶民的なスーパー で値段の感覚を掴むことをお勧めします。 ヤンゴンの中心街近くに近年、タイ並の品揃えのスーパーマッケットが出来ました。ひとつは地図上の Ruby Martで、トレーダーホテルから徒歩3分と便利です。ヤンゴン駅への 跨線橋の下の先、右側、4Fには何とか食べられるフードコートがあり、ミャンマー 初めてレベルには、とても勉強になるでしょう。
ここのスーパーの値段がイコール、ヤンゴンの物価を反映しているかは疑問ですが、 アジアの安宿を知り尽くしたバックパッカーには、仰天の値段でしょう。でも、事実 混んでいるのです。


仏教世界遺産の旅 ミャンマー国内の手配
これまでの、国内手配は、現地の旅行会社ヤンゴンNOWのSanayTravels にお願いしました。一式見積りではなく、細かくパーツ毎に値段を出してくれる信頼出来る会社です。
しかし、今回は他社でやっているカレン州パアンとモン州モウラミインの国内ツァーを 依頼したところ、カレン州パアンへの外国人入境許可をとるに、ネピドに出張しなくては ならず、その為の経費・人件費を事前に見てくれるか?というメールがきました。
そこで、この日本人観光客がほとんど行かない、ガイドブック地球の歩き方に情報掲載のない町、カレン州パアンの国内ツァー をwebで案内しているゴールデンガーデンに連絡してみると、 そんな、ネピドまで出張してパーミッションをとる必要はなく、1月にも日本人のお客さんを案内したばかり、と云う回答で戻って来て、 このG&Gにお願いすることにしました。
ミャンマーの国内事情は、最近劇的に変化しています。今回の場合、ヤンゴンNOWの対応には、 がっかりしました。
背景には、日本の対ミャンマー経済制裁緩和で、日本語スタッフを抱えている旅行会社は今や少数のマニアックな旅行者相手よりも、 進出企業・政府のコーディネート・コンスサルタント業務で大忙しなのです。
日本人経営だからと云って100%信頼せずに、2社以上に見積もり・手配依頼をすることを強くお薦め致します。
何度目かのミャンマーでしたら、国内航空券のみを依頼して、送迎・ガイド・ホテルは現地でご自身でやったほうが 良いでしょう、ほぼ半額で出来ます。

スルーガイドの旅とは、超大名旅行で、当然ながら高くつく
あまりにも常識な話ですが、ヤンゴンから交通も宿泊環境も整っていない、開発途上国の地方に、シニア夫婦が日本語ガイドと車と運転手と 一緒に5泊6日の旅をするのですから、当然高くつきます。
ガイドの日当は勿論、ホテル代・食事代もみなくてはなりませんし、車の経費・燃料費・高速代・人件費・宿泊費・食事代も全て、私たち 夫婦が払うのですから、いくら発展途上国と云っても2倍の費用は痛いのですが、それでも、団体PACで行かない場所を自分のペースで見れて、体験できるのですから 仕方がないか?
後は、この費用を自分の合うレベル・ペースまで如何に削るか、G&Gの社長のカインカインエーさんと何度かメールのやり取り をしました。
当初の提案より削ったもの
 ・空港の送迎の日本語ガイド(運転手だけで十分)
 ・ヤンゴン観光をなしにする。(5回目なのでヤンゴン市内観光は必要なく 車・ガイドは不要)
 ・ヤンゴンのホテルを提案のサミットからリーズナブルなセントラルにグレードダウン(街歩きに便利な所優先)

これだけ削って、ミャンマー国内の日程と費用は(※朝食以外の食事はなし)

1日目 CI 101 成田1630→台北 1930 台北桃園空港 トランジット ホテル
2日目 朝食なし
CI7915 台北0720→ヤンゴン 1010
午後、ヤンゴン川対岸へフェリー、ダラー観光ガイド付(フェリーの外国人料金など自費)
ヤンゴン
Central Hotel
3日目 ホテルで朝食後、 朝ゆっくりヤンゴンを出て専用車にて、パゴー経由チャイトへ
ライトアップで光輝く落ちそうで落ちてないゴールデンロックへ登頂 (麓よりトラックに乗り換え、その後、約45分の徒歩で頂上へ)
チャイト
Kyaik Hto Hotel
4日目 朝、自由行動
ホテルで朝食後 専用車にてのどかなカレン州・パアンへ移動。幾つかの州境の大河を渡り(約2.5時間)両側では田んぼ、山々、緑が多く、のどかな町 ミャンマーの陸のハロン湾と称される景勝地チャウッカラッパヤーで、アジア一美しい夕日を見る
パアン
Zwe Khabin Hotel
5日目 ホテルで朝食後、 専用車にて紀元7世紀の鍾乳洞洞窟寺院 コックン洞窟、パアンの何処からでも見れるズェカビン (Zwekabin Mountain)の麓の洞窟寺院などを見学、夕方再びチャウッカラッパヤーで夕日 パアン
Zwe Khabin Hotel
6日目 ホテルで朝食後、 専用車にてモン州・モーラミャインへ(約2時間) 着後、モーラミャイン市内の観光。モーラミャインの山の手の丘に次々と連続で建てられているチャイタンレンパゴダ、 仏像として特徴を持っているチャイマヨーパゴダ、 パゴタが連なる丘から眺め抜群の夕日鑑賞。 モーラミャイン
Ngwe Moe Hotel
7日目 ホテルで朝食後、 専用車にて周辺のアドマンシー海上に突き出たミャンマーの江ノ島 チャイカミーパゴダ(お寺さんで昼食をごちそうになりました。)、泰麺鉄道遺跡、(車移動3時間)、ゴム園を見学、ムドンにある ウインセイントォーヤの巨大な寝釈迦様など観光、 モーラミャイン
Ngwe Moe Hotel
8日目 ホテルで朝食後、専用車にてヤンゴンへ戻ります。(約6時間)
ホテルにて休憩します。その後、自由行動。
ヤンゴン
Central Hotel
9日目 ホテルで朝食後、午前 空港へ(運転手のみ、ガイドなし)
CI7916 ヤンゴン 1110→台北 1635
台北桃園空港 トランジット ホテル
10日目 朝食なし
CI 100 台北0855→成田 1305
自宅

ミャンマー現地旅行会社G&Gへの国内手配分の支払総額は?
超大名旅行となり、二人で払った金額は1,720$≒14万円一人1日10,000万円ですから、団体PACに慣れている人なら安いと思うでしょうし、 バックパックの経験がある人なら、超高いと感じるることでしょう。
その他に必要な費用
 ・お寺など外国人入場料 チャイティーヨ一人6ドル、ダラーの渡し往復一人2ドル、コックン洞窟3000チヤット
 ・昼食・夕食は個人負担、最終的にはガイドの分も負担
 ・ガイド・運転手へのチップ20ドル×2
 ・その他個人的な買い物、お土産など
総額、280ドルとなりました。

2012チャイティーヨ・パアン・モーラミャイン10日間の旅の二人総費用

航空券 成田・台北・ヤンゴン間諸経費込 46,480 2 92,960
ミャンマー入国ビザ+交通費+振込料 3,000 2 7,570
台北空港内トランジットホテル 前泊・後泊 8,100 2 16,200
ミヤンマー国内費用 現地旅行会社 G&G支払分 1,720$ 81 139,320
ミヤンマー国内食事 入場料 チップその他個人的買い物 280$ 81 22,680
総合計 278,730

個人レベルのミャンマー旅行の値段例
時間と体力と好奇心に溢れている世代なら、日本の旅行会社は勿論のことですが、現地の旅行代理店をも使わない方が、 当然ながら、安くつきます。 当然自己責任ですが・・・
過去のインレー湖手配の場合例 2005時点の価格
空港・ヤンゴン中心の送迎依頼料金  手配依頼=10$ 自分で空港チケットタクシー=5$
ヘーホー・ニャウンシェの送迎料金  手配依頼=25$ 自分で空港タクシー=15$
インレー湖日本語ガイド一日 旅行会社料金=40$ 現地日本語ガイド=13$ 英語ガイド=10,000Kyat
それでも、日本の旅行代理店に頼むよりはずっと、割安なのです。
この時期、インレー湖祭りに合せて、秘境を得意とする日本の団体PACがインレー湖にきていましたが、これらの団体 の値段一人分以下で2005年の私達夫婦二人の旅は済みました。ちなみに7泊9日二人で200,000円です。

仏教世界遺産の国 ミャンマー・首都ヤンゴンのホテルと食事 2012年ホテル価格急上昇中

パークロイヤル
過去四回とも、観光ピークシーズンを外れて訪れていますので、高級ホテル料金は安くなっています。 2009年は、ヤンゴン駅の裏手にある、高級ホテルパークロイヤルにしました。
朝食付き55ドル 、 街の中心部まで、楽勝歩いて行ける距離で、室内の設備も、朝食のブッフェもそれなりに充実していました。

2012年春、日本及びアメリカの経済制裁緩和の動きを受けて、ヤンゴンの高級ホテルは、日本・アメリカの企業コンサルタント ・JAICA・JETROなどの背広組で溢れていました。ヤンゴンのホテル部屋数の不足が顕著化されて、驚くべき勢いで 価格が高騰しています。2012・3時点でパークロイヤルは125ドルと強気です。

以下のホテルも同様に倍或いは3倍以上値上がりしていますので、ご自身で調べて下さい。
トレーダー
前回の、シャングリラ系列のトレーダーはもう少し高く65~70ドル。 2009・5月より今まで週末のみ営業していたアフターヌーンティー・ブッフェ10$が毎日行なわれるようになり、 少し高いのですが、気軽に食べれるので滞在中二回、行きました。
10ドルですが、食事後2ドルのクーポンプレゼントがあるので、次回は8ドルと云う事になります。

チャトリウム ホテル ロイヤル レイク ヤンゴン(旧日航)
2005・10インレー湖祭りの旅は、ミャンマー初日の宿は日航にしました。
理由;
日航のわりには65$とリーズナブルであり、ヤンゴン観光の最大の観光名所「シェイダゴン・バゴダ」まで歩いて数分の 距離であり、そして最大の理由は、西側の部屋からは朝・昼・夜のバゴダが眺められる、と言う情報があったからです。 確かに、ベランダが西側・南側の部屋から変わりゆくバゴダが眺められます。

     


しかし、ホテル・日航ヤンゴンは観光・食事には不便です。
日本大使館を始め、各国の大使館が多く建つ、カンダウィ湖に面して何処へ行くにもタクシーが必要ですし、廻りにある レストランは観光客やら、特別な行事の時用のレストランばかりで、貧乏旅行者向けでは有りません。

天麩羅うどん12$の怪
ヤンゴン到着の日の夜、外に食事にでるには遠すぎるので、多少高くつくのを覚悟で、ホテル内で済ますことにしました。  中華・フレンチとある中で、単品注文ですませられる日本食にしました。何と一番安いのがカレーライスで8$+20%の税金・サービス料、 カミサンの頼んだのが、天麩羅うどん12$です。普段毎月、アジアを旅していて、アジアの食事は単品1$と云う常識の持ち主の 私達には驚きの値段です。この先思いやられました。
食事を終えて、カミサンの一言  高い理由か解ったわ、日本からの輸入の冷凍「カト吉」を使っているからよ

ヤンゴンのお勧めレストラン・ZAWGYI'S CAFE
私達のお気に入りのレストランは値段が安いのも条件ですが、町を行き交う人々を眺めながらゆっくりと、食事してお茶をして 二時間ぐらいいれる雰囲気のレストランです。
今回のお気に入りは、インレー湖から戻ってきて泊まった、マレーシア航空チケットにインクルードのホテル、市内で有数の トレーダーホテルの裏手、bogyoke通り、ボジョヨークマーケットの手前にあるZAWGYI'S CAFEです。
道路に面したカフェは居心地良く、又室内にはミャンマー特産の漆器が売られています。、すぐ側のマーケットで売られている お土産漆器とは明らかに違う、レベルの品物で全てドル表示で高いのですが、一度目にしておくと良いでしょう。
外国人観光客の私達が、ミャンマーの人と全く同じ料金で食べようとは思いませんが、あまりにも舐められた、馬鹿にされた 値段で食べるのにはも抵抗があります。ある程度リーズナブルで、アジアらしい食事をと心掛けていると、注文するのは おのずと決まってしまいます。
今回のある日の食事レシートを公表します。  
Fried Rice with pork (ポークチャーハン)1200
Special Noodles Soup (スペシャルミャンマー風ラーメン)2000
Diet Coke (アルミ缶の飲み物は高い)1500
Mineral Water(500ml 国産)250
Chocolate Ice (チョコレートアイス)500
合計 6,250Kyat≒600円
場所柄と外国人向けのレストランですので、二人でこの位は、最終日として仕方ないかな。
※ご多分にもれず、このお店も2012年・3月ではこの値段では食べれません。
スペシャルミャンマー風ラーメンは、4700チャットに、500ml 国産ドリンキングウォーターは300チャットに なっていました。


街を歩いていると、水がめを多く見かけます。
素焼きの水がめは気温の高いヤンゴンでは、揮発熱の作用で冷たくなり誰でもが飲めるようになっています。
これも、仏教の教えに基づく「喜捨」のひとつです。 外国人が飲んでも 安全かどうかは知りません、旅をする人の判断にお任せします。

仏教世界遺産の国 ミャンマーパック旅行の食事
ミャンマーの食事は基本的には一汁三菜中華料理が普通です、がかなり油っこいのが印象でした。旅したのが 8月と10月の二回、何れの時も大好物のoドリアンoが食べれました。ドリアンは ミャンマーでは、高級果物のようで『一個150円もしました。』
閑話
アジアを旅する時必ずドリアンを食べます。ドリアンは美味しいけど、臭いと云いますが、違います。
切る前のドリアンは匂いはしないのですが、空気に触れると臭いを発生するので、直ぐに食べてしまうのが 正しい食べ方です。

   


仏教世界遺産の国ミャンマー首都ヤンゴン

 


何処を旅していても、開発途上の国に夜着いて感じるのは街並みの暗さです。
軍事独裁国家というイメージもあるのですが、ヤンゴンの夜は街灯も、人通り少なくどんな国なんだろうと、 とりあえずホテルに入りました。
初めての国で迎える朝が、旅をしていて一番楽しい瞬間です。
どんな夜遅く空港に着こうが、朝は早く起きてカメラを片手に街に飛び出すのが習慣です。
昨晩は暗くて解らなかった 街は既に起き始めています。緑の多い街路樹の多い街です、朝靄の彼方から托鉢のお坊さんがやってきます、早朝なのに中学生 位の女の子が数人カバンを持って学校に行くようです。
日本であまり知られていないミャンマーですが、どうやらこの国が好きになりそうです。
街の至る所に金色に輝く、ビルマ様式のお寺、パゴダがあります。 街の中心にあり、ランドマーク的なのがスーレー・パゴダで、この辺りは市場や観光に必要な お店があります。

仏教世界遺産のシェダゴン・パゴダは、ミャンマーのシンボル的存在のお寺で、街の中心から北方面、歩けない 距離ではありませんが、夏のヤンゴンの暑さは半端ではありません。
お寺が金箔で覆われているのも、暑く、湿度が高いので金が一番の耐久性に優れている為ですし、床材に大理石を使用するのも 熱を吸収して、夏、素足で歩いても冷たく感じる工夫なのです。

ミャンマーは正統派の上部座仏教国です。
ヤンゴン・マンダレーのような大きな街でも、朝、数多くの托鉢をする僧が見受けられましたが、田舎に 行くほど信心が厚いのでしょう、大勢の僧が列をなして托鉢する風景が見られます。
ヤンゴンやマンダレーでは、ラオスのように、お坊さんが団体で托鉢するのをあまり見かけませんでした。
ヤンゴンで托鉢風景を見るには、事前に地元に人に聞いておいたほうが良いでしょう。

アウンサー・スーチー女史
初めて行った1995年、ミャンマーの話題はスーチー女史の日曜演説会でした。
国際社会で軍事独裁政権に批判が集まっている頃、英国人の夫を残して帰国した女史が自宅軟禁されている状態で 日曜日の朝、門の中から民衆に答える形で演説を始めたのです。
スーチー女史の自宅は、ヤンゴンの超高級住宅街にあります、彼女はミャンマー独立の父・お札にもなっている アウンサー将軍の娘なのです。
日曜日、現地のガイドさんに私達も演説会に行けるか、と聞いた所、『行けるけど歩いて行きましょう』と云うのです。 車でで行くと公安にナンバーをチェックされるので、後々面倒な事にならないようにする為だそうでした。
当時、演説会は政府から黙認されていて、自宅前は一般市民と海外報道陣でいっぱいでした。日本からも NHKとテレ朝がきてました。何処かで見た顔と見てみるとキャスターの『桂文珍』さんでした。
二度目の1999年に行った時は、スーチー女史の自宅に通じる道路は封鎖されていました。
この頃になると、彼女が発する民主主義や人権擁護論よりも、政府の進める経済発展・改革開放路線が 国民に支持され始め、ガイドの大学生も海外のメディアの論調を批判していました。
2009・5帰国して、日本のニュースで アウンサー・スーチー女史が、自宅への外国人進入を 当局に通報しなかった罪状で、逮捕・収監されたのを知りました。私たちが滞在中の出来事です。
ミャンマー国内では、もちろん一切報道はされていませんでした。

   

仏教世界遺産の国 ミャンマーの伝統 初めて見るミャンマーの女性のお化粧はびっくりさせられます。
頬に大きく付けてるのは、タナカと呼ばれている樹木を摩り下ろした「白粉」で、暑いミャンマー では、日焼け防止と兼ねていて、つける涼しいそうです。
男性も女性も「ロンジー」と言う巻きスカート、足元はビーチサンダルで、これがミャンマーの 第一級正装です、政府のお偉いさんもサンダル履きでした。
伝統芸能の一つが何故か「操り人形」、観光客が多く集まるレストランなどで行われていました。

仏教世界遺産の国 ミャンマーのお土産
伝統的なお土産として有名なのが漆細工です。
竹を基幹素材にして、馬の毛を編みこんだ上に漆を塗っていきます。一見硬そうなのですが 弾力がありしなやか、何時までも使えるお土産です。同じ漆細工で一番目にするのが幸せの象徴 と言われている「ふくろう」の置物、これは馬の毛で編んでないので安いお土産。
アスパラガスではありません、シンプルな葉巻タバコです。

   


ヤンゴン川の向こう側 ダラ(Dhla)へ行って見る

アジアの発展途上国・インド亜大陸の大都市は大河に面している都市が多いです。ホーチミン・バンコク・そしてバラナシ等・・・ ミャンマーの首都ヤンゴンも南側にヤンゴン川があり、大都市ヤンゴンはこの川で終わっており、対岸はダラーと云う町です。
一般的な旅の場合、なかなかこれらの都市の対岸へ行く機会はありません。 特に仏教・ヒンドゥの国々では対岸は彼岸・黄泉の国を 意味する場合も多く、大都市から取り残された貧しい人々が住んでいる、遅れた危ない地域のイメージもあります。
今回5回目のヤンゴン滞在であり、久しぶりに日本語ガイドをつけたので、何時も見慣れているヤンゴン川の向こう岸へ 行って見ることにしました。

ガイドのリンさんは、日本語が上手な大学生の娘さんがいるアラフォーの女性です。 予算ををやり繰りして日本語ガイドにしたので、カミサンの話相手になり、ラクチンな旅になりました。
対岸へのフェリーは、地元の人は50チャット(5円)ですが、外国人は窓口で記帳して往復2$です。
ミャンマーは何処へ行っても、外国人観光料金が発生する国なのは解っていましたが、このような 公共交通機関でもあるのには少し、驚きでした。
50チャット(5円)が惜しいのではないのですが、何とか、民族衣装のロンジーを履いて地元の人に潜り込む事が出来ない のかと思いましたが、リンさんの話によると、例えロンジーを履いていても雰囲気で外国人は解ると云います。
【閑話休題】
そんな彼女なのですが、チャイティーヨ・パゴダへのトラックバスに乗った時、なるべく顔を外に向けず、下を向いて 絶対に話さないで下さい。
と云うのです。外国人は途中のヤテタウンまでしかトラックバスに乗れないので、後は徒歩・登山となるのてすが、 ミャンマーの地元の人たちは、パゴダのある最終 地点まで、登山道ではなく別のルートでチャイティーヨ・パゴダへ行けるのです。
ミャンマーの日本人ガイドは、一緒にこの40分の登山道を登って行くのが常なのですが、私たちが2回目のチャイティーヨ でもあり、彼女最近太って来て疲れるので、地元ミャンマー人の乗れるトラックバスで行きたいのですが、私たちに遠慮して 何とか、この直行トラックバスに潜り込む作戦を建
てて乗ったのですが、ヤテタウンで見破られて失敗しました。
男は何とか誤魔化せてもやはり、女性の雰囲気は全くちがうのですから。


フェリーは15分ほどで対岸へ渡るのですが、この15分間を商売にしている人たちが多く、色々な物売りで溢れています。
この小さな緑の椅子もその一つで、有料50チャットでした。
川一つ挟んで、ヤンゴンの印象はガラリと変わります。 ヤンゴンの南端フェリー乗り場は、町の中心のスーレーパゴダに近い 行政・官庁街です。

しかし、川向うの対岸の町ダラーは、いきなり、 アジアの庶民の息吹が肌で感じられる ダイナミックな埃っぽい町になります。
ヤンゴン市内は、2012現在、アジアでは躍動の象徴であるオートバイの走行が禁止されています。 地方で良く見る、自転車タクシー(サイカー)・乗合ピックアップトラックバスも、ヤンゴン市内は走れません。
しかし、ここ対岸はヤンゴンではなくダラーなので、制限がなくフェリー到着・乗り場は、市場のような大賑わい でした。
アジアはこうでなくては、面白くありません

仏教世界遺産の国 ミャンマー パゴー

パゴーは、ヤンゴンの北東70kmにあり、日帰り出来る観光地です。
マンダレー京都パガン奈良に例えるなら、パゴーはさしずめ鎌倉と云った所でしょう。
此処には、映画ビルマの竪琴の舞台としてで有名になった寝姿仏があります。 ガイドさんの説明で面白かったのが、涅槃仏寝姿仏の違いで、ここの仏様は未だ亡くなる前の姿で、 その証拠は目を閉じていない、だそうでした。

   


パゴーへの行き方
ヤンゴン中央駅から一日10本ほど列車が出ています。又バスもでています。
観光地なので、何処で降りるかというような言葉や地理の不安もかなり少ないので、試して見て下さい。旅行会社の 専用車・ガイド・昼食付きツァーの何十分の一で、ドキドキしながらも、一日観光が楽しめますし、少しは一人歩きの自信が付くはずです。

 


少し不安・驚き
ガイド・専用車なしの一人歩きも、何とかなるものなのですが、一番の壁は何と言っても言葉です。
ミャンマーの文字はご覧のような独特の丸文字です。どれが数字で言葉なのかさえ解らないのですから、 付け焼刃的ミャンマー語の勉強では太刀打ち出来る代物ではありません。でも観光地では基本的には英語で何とか なります。

ミャンマーは東南アジアの一番西側の国、隣はインド・バングディシュですからヒンズー的文化がかなり入ってきています。   画像の西南アジアのガム・コオンもその一つです。 キンマの葉に、石灰の粉・タバコの葉を入れて噛みます、口の中は真っ赤な唾で一杯になり、道路で ペッと吐くので衛生上の問題からヤンゴン市内では禁じられていますが、市外にでると道路にはこの赤い 唾の跡が沢山残っていて、知らないとびっくりします。

仏教世界遺産の国 ミャンマー チャイティーヨ・パゴダ

初めてミャンマーを訪れた1995年、ホテルのロビーで不思議な岩の写真を見ました。
此処は何処と聞くと、ミャンマーの大聖地 であるチャイティーヨ・パゴダとの事、此処に行きたいと申し出ると、未だ外国人には 開放されていないし、足も宿も整備されていないので難しいと言われました。
不思議なもの大好き人間の私達夫婦は、虎視眈々と外国人に開放される日を待って、4年後1999年、この不思議な世界に 足を踏み入れました。
1999年外国人に開放された直後に行ってから13年後の2012・春、再び行ったチャイティーヨ・パゴダは、標高1100mの神秘の ミャンマー仏教の聖地から、誰でもが行けて、楽しめる「テーマパーク」と変貌していました。




チャイティーヨ・パゴダへの行き方
簡単には行けません。個人レベルで行くにはちょっと大変な場所です。ルートとしては、
◆ ヤンゴンからチャイトまでバス又は 列車(3時間位)
◆ チャイトからチャイティーヨパゴダの玄関口・観光拠点の村キンプンまで、乗合ピックアップバスで30分位
◆ キンプンから村営の トラックバス(つまりトラックの荷台に乗ることです。がここでは立派な交通機関です。) で、チャイティーヨパゴダの参道山路麓の集落ヤテタウンまで40分
◆ ヤテタウンからチャイティーヨ・パゴダまで、徒歩(登山?)或いは人力篭、約40分で、念願の不思議なパゴダに到着します。
◆ 外国人入山料は2日間有効で6ドルです。
チャイティーヨパゴダへはよほど貧乏旅行で時間がたっぷりある方以外は、現地の旅行会社を利用したほうが賢明でしょう。
但し、一般的には、ヤンゴンからの日本語ガイド+専用車(運転手付)の宿泊費・食費までが含まれるので結構高くつきます。
2012年、キンプン村は一大観光拠点に変貌していましたので、ここまで自力で辿り着けば何とかなります。
参考;日本語対応の現地旅行会社は、当サイト最下段の ヤンゴンにある個人旅行を扱う専門店を参考にして下さい。

チャイティーヨ・パゴダ周辺のホテル・宿泊施設
解放されてから外国人観光客が泊まれるホテルは三軒あります。
ゴールデンロック・ホテルは、トラックバス終点のヤテタウンにある新しいホテルですが、パゴダまではまだ徒歩(登山)30分 ほどあります。
参道山道を登り切った所に、一番新しいマウンテントップ・ホテルがあり、私たちが1999と2012に2度泊まった チャイティーヨ・ホテル、は、もっともチャティーヨパゴダに近い場所にあります。
もともと国営のホテルだったのが、民間経営 になったばかり古いホテルでかなり評判が悪かったのですが、私達が泊まった時は改装中で、改装第一号室に泊めてくれました。マネジャーは日本語が話せます。

2012年、部屋数も増え、レストランも充実していましたが、しかし、ここは1100mの山頂のホテルですから、期待するだけ損です。
本当に、寝るだけ・ミャンマー人と一緒の雑魚寝で良いのなら、チャイティーヨ・パゴダを抜けた先に、巡礼者用の宿泊施設が沢山あり、100円で泊まれます。

 

チャイティーヨ・パゴダは、ミャンマーで最も神聖なお寺・場所です。
一生に一度はお参りしなくてはならないお寺の為、山奥にも関わらず参拝者の為の仮の宿泊施設があります。私達が 訪れた時は10月、雨季が明けた満月の日から一年で一番大きな御祭礼が始まる季節でした。
この山には大きな岩が多く、巨石自体が信仰の対象になっているようで、頂には各々大小のパゴダが載っています。
画像の人間の姿と岩を見比べてみると、いかに大きいかお解かりになると思います。

この信仰の対象になっている巨石の設置面はほんの僅かだそうで、確かに座って押してみるとゆらゆらと動くのです。
あまり強く押して転がり落ちたら日本に帰れない、なんて考えましたが、絶対に人力では落ちないそうです。
ミャンマーを旅していると、パゴダは全て金箔が施されています。訪れる信者は門前で金箔を買い、寄進の意味で 願いを込めて金箔を貼るので、長い間には、小さな仏像ですと形が変形してしまいます。
女性は入れない?
実は、ここを含めてミャンマーのお寺では、女性は直接、仏様やパゴダに触れる事は出来ません。お祈りする場所も男女別です。
女性の生理を不浄のものと考え、若い僧を俗世から遠ざけるのが大きな理由でしょう。

旅の季節
チャイテーョ・パゴダの旅の季節は、乾季限定です。
私達は雨季の最後の頃でした、日本から予約した時もくれぐれも現地ガイドの指示に従って下さい、と念を押されました。ミャンマーの この辺りの雨は半端ではなく、一度雨に降られたらこの山道を登るのも、下るのも困難になるからです。
出来れば、一泊する事をお勧めします。夜の灯明に照らされた不思議な美しさがありますよ。

仏教世界遺産の国 ミャンマー 大遺跡パガン


1995年・2009年と二度、世界三大仏教遺跡の一つと言われているパガンに行ってきました。
後の二つはいわずと知れたジャワ島のボルブドールとカンボジアのアンコールワットですが、 スリランカのアヌラーダプラ・ポロンナルワも加えて四大仏教遺跡と呼ぶのが正解と云うのが私の持論なのですが・・・ それでもパガンは素晴らしいです。
一つには、観光客が少なく、変に観光ずれしていない。規模が大きい。遠くイワラジ川を望む夕焼けが美しい。

   


仏教世界遺産の国 ミャンマー 大遺跡パガンへの行き方
ヤンゴン・パガン・マンダレー・ヤンゴンと結ぶ航空三角路線はミャンマー航空のドル箱路線です。
ビザの期間を有効に活用・動こうとなるとこの路線を使うのが賢明でしょう。
ヤンゴン・パガン間 75us$ 但し オフシーズンの値段
パガン・マンダレー間 40us$
マンダレー・ヤンゴン間 85us$
何れもヤンゴンNOW交通情報での2009年春の値段です。 列車・長距離バスの値段・時刻表も掲載されているで、ご覧になって下さい。

パガンのホテル
今回は、二度目でもあり暑いことは十分承知で来ましたので、ホテルは少し頑張りました。
オールドバガンの史跡保護区内にある4つのホテルのうち、もっともイワラジ川に近い、「バガン・タンデ・ホテル」 にしました。
広々とした庭があり、デラックスルームのバンガロータイプのお部屋からはイワラジに沈む夕陽が、額縁の絵のように見えます。

   


眺めはこれらの4つのホテルのなかでは一番良いのですが、建物のグレード、受付の対応、朝食の質となると、オールドバガン の最高級ホテル「ティリビセヤ・サクラ」と比べると見劣りがします。
「サクラ」は元々国営迎賓館的なホテルで、1995年に来た時に一度宿泊しました、当時国営で貧弱な印象でしたが、その後 日系資本が入り、大幅リニューアルされ立派になりました。
フロントには、日本人研修生が常駐しており、日本からの団体客のほとんどが利用するホテルとなっています。が、少し お部屋が狭い印象があります。
普通、パックツァーの場合一泊、パポン山を含む場合でも二泊ですから、そんなに居住性は必要ありませんが、今回のように 二回目のバガン、暑季の滞在4泊となりますと、ある程度の快適さは必要です。
しかし、この地域に宿泊するとなると、足の問題が発生します。
一番近くのレストランまで徒歩15分から20分、それもホテル内レストランを除くとミャンマーで一番高い値段のレストラン しかありません。連日40℃を越す季節(5月)観光は午前中11時迄 、午後は5時過ぎから出ないと暑くて動けません。
体力・好奇心が旺盛な若い頃でしたら、レンタル自転車で走り回ったのですが、そろそろ体力的に無理出来ない年齢に なってきています。

仏教世界遺産の国 ミャンマー 大遺跡パガンの歩き方 安くするには
節約旅行者はオールドバガンのホテルに滞在するメリットはありません。
確かに、滞在ホテルから遺跡は近いのですが、毎日、日中歩いて廻るには パガン遺跡は広大すぎます。夏は特に暑いので歩いて廻るには覚悟が必要ですから、やはり 車のチャータが必要になるでしょう。一日20US$から30$が相場です
ニューバガンでしたら、短期滞在者向けの高級ホテルの他に数多くのゲストハウスがあります、ここでしたらいくらでも 足の確保が出来ますし、食事ミャンマーの平均的外国人観光客の値段で、お好みのものが食べれます。
少し節約すれば 車チャーター代金ぐらいは捻出できます、車代を惜しんでテクテク、歩ける範囲内でのんびり過すのは二回目からにしたら 如何でしょうか?

パガン遺跡とは
これらの遺跡・寺院はおよそ11世紀に建てられたもので、そんなに古いものではありません。
上部座仏教の教えの常で、これらの寺院は現世の喜捨として、裕福な人や村の人々の浄財で 建てられたもので、時代時代により色々な建築様式が見られます、時代が経つに釣れヒンズーの影響が多くなる様が本当に 手にとるように解ります。そして今現在でも、人々の喜捨によって新しいお寺が建てられています。

村のお祭り

   

パガン郊外の遺跡を見に行った時、ちょうどお祭りが行われていました。
独特な自然化粧「タナカ」をした女性の列は、各々お供物を携えて村のお寺まで歩きます。その後を 男衆も化粧し、踊りながら通り過ぎて行きました。
アジアでは良く見かける風景ですが、ここパガンの田舎の村で見ると本当に宗教と日々の生活が繋がっているのを実感します。

パガンはゆっくり・のんびり滞在し、日長な一日の終わりに、お気に入りのお寺に登って夕焼けを眺めるのが理想の地です。

ミャンマーは危険なのか 2012・3 現地で解ったバガン日本人女性殺害事件<

2011年9月、パガン遺跡で一人旅行中の若い日本人女性(31才)がバイクタクシーの男性により殺害された報道がありました。
バガンを良く知る私は、「エー、あんな所で」と云うと、カミサンは「確かに、遺跡以外何にもない所だから、 何をされても解らないよね、それにしても、何で一人でバイクタクシーに乗るのよ。」 とかなり批判的な物言いでした。

バガンはそんなに危険なの、そしてミャンマーは
2008年に、首都ヤンゴンの私たちが良く知る大通りでデモ取材中のジャーナリストが、兵士により殺害されたのは、記憶に新しいことです。あの事件以来 私たちのような個人旅行者のビザ発給が厳しくなりました。
ミャンマーは敬虔な仏教国家で、人々も穏やかで私の大好きな國の一つですが、純然たる軍事独裁国家です。
多民族国家で大きく8つの部族、全体で135に及ぶ民族が存在していますが、軍事政権を動かしているのは、マジョリティのビルマ族です。
インレー湖や少数民族トレッキングの町のある、シャン州に何回か行きましたが、ガイドさん同行でも度々兵士の検問に会いました。彼らは 私たち外国人観光客をチェックしているのではなく、外国人と触れ合う機会の多いガイドさんの身分証明書をチェックしているのです。ミャンマーの身分証明書は戸籍と同じで 民族名が書かれてます。
マジョリティのビルマ族による、他民族への迫害・差別は歴然とあると、私たちだけになった時、シャン族のガイドさんは云っていました。

それと、今回の事件は直接関係ないと思います。
問題は日本人女性が持つ、東南アジア男性に対する視線と優越感です。
  ・亡くなった女性はアメリカでも同じような行動をとるでしょうか?
  ・アラブの国、アフリカでも一人でバイクの後ろに乗って、郊外へ出かけるでしょうか?

アジアの観光地では、ヨーロッパの若い女性バックパッカーが沢山歩いています、しかし一人旅は極端にすくないです。 必ず、複数のグループとして旅しています。
彼女らと話を した時、異口同音に「日本人女性はほとんどが一人旅だけど、怖くはないのかしら」と云います。
確かに、日本人女性バックパッカーの二人旅と云うのは珍しく、何故かほとんど一人旅なのです。
この理由に関して、知り合いの元女性バックパッカーに聞いたところ、「確かに二人旅のほうが安全で、経済的にも安くつくのだが、 長いと旅していると、女性特有のわがままが出てきて、ほぼ確実に何時かは単独行動になる」そうです。
欧米からアジアへと廻ってきたヨーロッパの彼女らの話によると、「アラブの国々からすると、アジアでは確実に危険度は薄れるものの、 それでも、度々身の危険を感じる、話では日本は天国みたいに安全だそうね」と云っています。
私たち夫婦は、個人旅行なので空港・ホテル・観光地などで沢山の女性一人旅の日本人女性と知り合う機会が多いのですが、彼女の 話から、東南アジア仏教国の男性に対する、根拠のない安心感・上から目線を感じとられます。
全ての日本人女性がそうだと云いませんが、アジア仏教国の男性にたいして、経済的格差からくる上から目線を感じずにはいられません。
余計なお世話かもしれませんが・・・・・・
  ・今晩泊まるホテルも決めてないで旅しているの?
  ・夜遅くついて、空港から宿までどうやって行くの?
  ・そのゲストハウスちゃんとドアーが内側から閉まるの?
  ・郊外への遺跡観光、一人で行くの、不安はないの?
  ・貴方が今話している男、何処で知り合ったの?信用できるの?
  ・ちょっとローカルの男を軽く見ていない?

2012・3 現地で聞いた事件の真相と背景
  何処でどのようにして事件は起こったのか?
2012の滞在で、日本人向け旅行会社のミャンマー人数人に聞いた真相です。
日本の一般紙での報道では、ただバガン郊外として報道されていましたが、バガンから南東50kmの日帰り観光地 ポッパ山の帰りでした。
ポッパ山は山頂に建設された寺院とともに、女装の僧侶のお寺としても有名です。
彼女は行きは、乗合バスで行ったのですが(所要時間2時間)、バガンへの帰りのバスは意外に時間が早く13時の為、 それに乗らず撮影を続け、帰りに乗ったバイクタクシーで今回に悲劇に遭遇したのです。
ちなみに、私たちはシニア夫婦なので当然ながら、ピックアップトラックの荷台での移動は無理なので、普通乗用車+英語ガイド をチャーターして行ったことがあります。

  証言者ピョーウェーウォン氏(旅行会社マネージャー):
ミャンマー人は、暗くなったら移動しない、日本や欧米のような街路灯はないし、特にミャンマーの地方都市では 川にかかる橋が、警察・軍により閉鎖されるのは当たり前にあること。
彼女は無理をせずに、ポッパ山の安いゲストハウスにでも泊まればよかった。
彼女とミャンマーを愛する日本人とって大変不幸な出来事であるが、同時にミャンマーの旅行業界でも大打撃であった、 旅行会社を経由せずに自由に、ミャンマーの旅を楽しむのは良いが、外国での女性一人旅であることをくれぐれもわすれないで欲しい。
  証言者リンさん(女性日本語ガイド):
日本人女性旅行客のお世話をこれまで10年以上してきましたが、日本人女性はバイクに乗るのが大好きなようです。
その時必ず、後部座席に跨いで乗ります。ミャンマーの女性は一般的に「ロンジー」呼ばれている巻スカートを着用している せいもありますが、必ず横座りで乗っています。
この跨ぎ乗りが、ミャンマー人男性に誤解を与える可能性が多いにあります。
後部座席に座り、振り落とされないように運転者の腰に手を回すこともあるでしょう、そしてその時、胸の膨らみを運転手の背中に 押し当てることもあるでしょう。 ミャンマーの男性にとって、欧米の白人女性は恋愛・あこがれの対象外です、まるっきり別世界の人種なのですが、同じアジア・仏教徒の 小柄な日本人女性と知り合いになり、ましてや結婚できるとなると、人生が大きく展開することになるのです。
お金持ち日本の女性旅行者は、どこへ行ってもモテモテです。
お願いですから、日本・欧米の価値観・マナー・常識で行動しないで下さい。ミャンマーは皆さんが思っている以上の仏教徒の戒律の なかで生活している国なのです。

アジアは、ミャンマーは特別危険ではありません
今まで旅して来た中南米から比べれば、東南アジアの上部座仏教国はまるで天国です。
特に中米では、日中、町中の路上でも、移動中のバス・列車のなかでも常に緊張感を持って旅しないと、痛い目に遭います。それが個人 自由旅行の宿命なのてす。しかし、年に数度旅するアジアの街中に立つと、あの緊張感はほとんどなく、町の喧騒、埃、匂いまでが懐かしく感じられ安心します。。
タクシーやレストランでぼられても金額は多寡が知れていますし、シニア夫婦に襲い掛かる危険は殆ど感じません。
日本人女性一人旅でも、同じように感じるかも知れませんが・・・・しかし、お金持ちの日本人であること、若い女性であるとは、 一人旅であることは、何処の外国であっても残念ながら大きなハンディ・リスクである事を認識して旅をして下さい、と願わざる を得ません。くれぐれも慎重に、そして楽しく旅をして下さい。

仏教世界遺産の国 ミャンマー 古都マンダレー

ミャンマー第二の都市仏教世界遺産の国 ミャンマー 古都マンダレーは、この国最後の王朝があった町です。
大河イワラジ川に沿った、碁盤の目のように整備された町の中心に旧王宮があり、小高い丘「マンダレーヒル」からは 町が一望できる位の規模の町です。
戦中派の日本人にとっては古都というよりは、悲劇の大作戦「インド侵攻インパール作戦」の基地のイメージが強い町でしょう。

   


ミャンマー第二の都市と云っても、ヤンゴンと較べると何十倍も静かな町です。
町を流れるイワラジ川に架かる橋の多くは、竹と木材で出来ていて、往来する人々の生活もヤンゴンとは、時間の 流れ方が違います。
お寺の建物もミャンマーで多く見られるパゴダ形式と違って、数多くの彫刻の美しい木造建築が見受けられます。

新婚旅行の地
海外旅行は政府管理下におかれているし、経済的にも無理なミャンマーで、古い歴史を持つ落ち着いたマンダレーの町は 新婚旅行として人気があるようで、各観光地で見受けられ、色々と話をしました。元英国領と言う歴史もあり 英語教育が盛んで若い学生はかなり英語が出来ます。
ここで、ある新婚旅行カップルと知り合い、アドレスを交換しました。
後日、このカップルの知り合いと言う見知らぬ自称大学生から、連日のように英文の日本留学推薦状を書いて くれ、保証人になってくれ、仕事を紹介してくれと云う手紙が届きました。
わかる気はしますが・・・・昔、昭和20年代の日本の学生も、こうやってアメリカに憧れ、ほんの少しのつてを頼って何通も 見知らぬアメリカ人に便りを書いていたのですから・・・・・この手紙を書いたミャンマーの青年には気の毒ですが、返事は書きませんでした。
理由  彼の英文が筆記体の読みづらい手紙だったからです。少なくとも外国人に書く時にはもっと丁寧に書かないと。

戦争の傷跡
デイープアジアを旅する現代の若い旅行者は、60年前この地が日本軍に占領された前線基地だった事など、知りません。
私達夫婦自身、団塊世代と言っても知るわけもないのですが、ミャンマーを旅していると思いもしない場所で、戦争の傷跡 に出会います。
多くは、お寺にある「日本軍○○部隊慰霊碑」でした。ここを覗くとお坊さんが現れ、必ずお茶・お菓子の接待をしてくれました。しかし、こんな心温まる はなしばかりではなく、ある場所では、ミャンマーの老人から昔日本兵士から言われて覚えたのでしょう、日本語で 「気を付け」「直れ」「バカヤロー」と叫ばれた事もありました
ミャンマーに限らず、アジアを旅する時は、60年前にこの地で日本が戦争していた事を忘れてはなりません。

日本軍の名残り占領時代のお札「軍票」がお土産に売られていました。


仏教世界遺産の国 ミャンマー インレー湖祭り

2005年10月、ミャンマー三回目の旅はインレー湖祭りに合せてやってきました。
収穫をもたらす、雨季が終わろうとし乾季が始まる毎年10月に、インレー湖祭りが行われるのは、前回の旅で知り 、リタイヤしたら来ようと決めていた、アジアのお祭りの一つです。
インレー湖への行き方
ヤンゴンから国内線で一時間、片道95$で、シャン州のゲート、ヘーホー村に着きます。 ヘーホーは空港があるだけの小さな村で、ここから空港タクシー12から15$、乗り合いバスなら1000Kyat、 一時間でインレー湖の湖畔の町、旧シャン州の州都のニャウンシェにつきます。

ニャウンシェのホテル
今回、ヤンゴンNOWから予約した、前回も泊まった事のある「フーピンホテル」にしました。ここは、このインレー湖観光 のほとんどを握っている華僑のフーピングループの基幹ホテルで、日本やヨーロッパの団体客でいつも、賑わっています。 一泊朝食付きで、35$。従業員の応対も良好です。
この他に、居心地の良さそうなゲストハウスが村のお寺の裏側に沢山あり、このゲストハウス通りには、主にヨーロッパ客 を当て込んだ、インターネットカフェ・レストランが最近沢山でてきています。この辺りですと、町の中心のフーピンホテルや 市場のある辺りより大分食事も安く食べれます。

両替事情
外貨の両替は基本的には違法です、ホテルのフロントで正面きってお願いしても両替には応じてくれません。町にもどうどうと Exchangeと看板をだしている所はありません。しかし市場周辺の旅行代理店へ行けばヤンゴンよりも多少レートが悪いものの 喜んで両替してくれます。10月11日ヤンゴンで1$=1350Kyatがここでは1250Kyatでした。

仏教世界遺産の国 ミャンマー ニャウンシェの朝の托鉢の風景
観光の基点となる湖畔の町ニァゥンシュエは元々シャン州の王宮があった古都で 昔からこの地方の中心となっていた町で、格式のあるお寺も多く点在します。
ここの托鉢風景は、ラオスのルアンバパーンと並ぶ、「世界の最も美しい風景」と、私は勝手に名付けています。
朝靄と鶏の鳴き声の中、未だ薄ら寒い、遠い朝靄の彼方から、素足の僧が鉢を抱えて現れる姿は感動的です、ルアンバパーン のように、多くの観光客知られていないので、カメラを向けると未だ幼いの少年僧ははにかんだ笑顔を返して くれました。

   


ニャウンシェ市場の風景
私達が滞在していた時、十日に一度の大きな市が開かれており、インレー湖祭りもあってか、ヘーホー・カロー等の周辺の村々から 少数民族の人々が集まってきていました。

   


ニャウンシェの普通の交通手段
ここでは、文字通り「停車場」と言う言葉が生きており、馬車は観光用ではなく、立派な公共交通機関です、「サイカ」呼ばれる 人力車・トラクター・そしてトラックバス。この混雑ぶりでは、いくら安いとは言え、50代の夫婦には無理です。

   


インレー湖 お祭り本番
インレー湖は南北22kmの細長い湖で、宿のあるニァゥンシュエは湖の北端に位置しています。
インレー湖祭りのご本尊様はいつもは湖の南にある、パウンダードゥ寺院に安置されていますが、このお祭りの期間、湖周辺の 村々に出張・泊まりに行く、ニ週間に及ぶお祭りです、お祭りのピークは最大の町ニャウンシェに二泊する2005年は10月9日で この前後三日間この町に泊まる計画でやって来たのです。
ご本尊様は、信者の金箔寄進で原型を留めておらず、ご覧のお団子のような姿です。 年に一度だけ、この仏様を乗せた御座船が村々を廻って歩くのです。

   


インレー湖 水上運行
お祭りの朝は、4時半起きでした。前日泊まった村から、今日はこのニャウンシェにやってくるのですが、出発は早朝の7時、 それに合せて、隣村まで行かなくてはなりません。早朝10月の湖上の上を走るボートの上はまだ寒く、セーターが必要でした。
隣村のお寺周辺は御座船を引く近隣の村々のボートでいっぱい、そしてこの祭りのピークを見る観光客のボートの位置取り合戦、 ミャンマー国内のTV局の他にヨーロッパのTVチームまで来ています。
ドラの音で水上運行が始まりました。

   


世界遺産 ミャンマー インレー湖の熱心な信者たち
御座船が動き出すと、お祈りする村人達のボートが集まります、特に女性の姿が多いのは、ミャンマーでは、女性はお寺に 入れますが、仏様や神聖なものに触れないのです、チャイティーヨパゴダのあの巨石にもやはり触れません。

   


インレー湖祭りのメイン ボートレース
御座船がニァゥンシュエに着くと係留され、ここで二泊します。村ではお祭りの大イベントの一つ、村対抗のボートレースが行われます。 この二十日間のお祭りのなか、ボートレースは二回行われ日本のPAC旅行はこの日に合せて来ているようでした。来ていたのは 参加者全て60代の20人グルーブ、至れり尽くせりで、このボートレース会場も特別席でした。ちなみに私達も昔、良く利用した 「ユーラシア」、あの頃、このような土地に自分達の力だけで、自由に来れると思ってもみなかったのですが・・・

   


インレー湖観光
インレー湖は大きな、浅い湖で見所は沢山あります。
一つが、この片足で漕ぎながらの漁、今回二度目の訪問でようやく、この筒状の仕掛けの正体が解りました。網が投網のように なっているのですね。
そして、有名なのが「猫のお寺」、お寺で飼っている数匹の猫がお坊さんの掛け声でジャンプの芸を見せるので、観光客の間 に人気になっているお寺です。
ミャンマーのお寺は、何処も解放的で、外国人の我々が突然訪れても、普通に歓迎され、必ずお茶と質素なお菓子で接待して くれます。三度目のミャンマーで、私達はしばしばお寺の境内でのんびりとお昼寝をして過しました。
アジア、特に上部座仏教の国が大好きです。見ず知らずの外国人観光客が、勝手に本堂の床でお昼寝出来る国なんて、そう ざらには有りません。そして、あくせくと観光地を移動するのでなく、そんな時間が持てる旅が一番です。

     


世界遺産 ミャンマー 少数民族の村へ・カロー

1999年二回目のミャンマーの旅は、インレー湖に近い、少数民族の村へのトレッキング基地の町 カローからスタートしました。

カローへの行き方
ヤンゴンから国内線でインレー湖観光アクセスの町ヘーホーを飛びます。(80US$)
ヘーホー自体は空港があるだけの村で何にもありません。ヘーホーからはカローへはお馴染み荷台に乗るトラツクバスで30分ぐらいでカローに着きます。
宿は最近少数民族の村へのトレッキング観光が人気になったせいか、小奇麗なゲストハウスが増えてきて、競争激化の模様で いくらでもあります。

   


世界遺産 ミャンマー 少数民族の村 カロートレッキング
ディープアジアで、少数民族の村に行く為には、彼らの言葉が解る現地トレッキングガイドと一緒に行くのが原則です。 お金を節約して、ひたすら一人で歩いて村へ行っても、言葉も通じず、村の入り口から中にさえ入れて貰えないケースが殆どです。
中年サラリーマン夫婦の私達は、事前に日本からトレツキングガイドを予約、インレー湖周辺は日本語スルーガイド付きと言う大名旅行 でしたので、詳しいガイド料金は解りませんが、一人5$程度が相場でしょう。

   


世界遺産 ミャンマー 少数民族の村 パオ族の村へ
カローから車で30分ほど走り、後は山道を登ること1時間で、この地方に多いパオ族の村に到着しました。
季節は10月、週末は満月でここでもお祭りの準備をしていました。下の町で買い揃えたお土産を持って伺ったのが 村の村長さんの御宅で、カラフルな衣装の奥さんがもてなして下さいました。
アジアの各地の少数民族に触れ合う時いつも思うのは、本当に日常生活でもこんな衣装を着ているの?と言う 素朴な疑問でしたが、衣装の豪華さの差はあるものの、確かに日常生活でも着ています、詳しく聞いて見ると多数民族のなかで 暮らして行く為に必要なのは自分達民族のアイデンティテイを大切にしないと、いつの間にか 大民族に吸収されてしまう、その為に言葉と衣装は守り抜かねばならないのだそうです。

   


そんな、町まで徒歩3時間、山の頂上にあるパオ族の村にも、ビルマ族のお坊さんがいるお寺があります。文字通り「寺子屋」でお寺が学校となっていました。
この村でゆっくりお茶をごちそうになったり、お坊さんと話をしたりして時間が過ぎ、帰りの下りの山道は真っ暗、途中まで 村の人が懐中電灯を持って送ってくれました。帰り道暗い山道を一人の少女が篭を担いで登って来るのに出会いました。里の畑仕事を 終えて帰宅するところで、記念写真の彼女の笑顔がとても素敵でした

ガイドブックにないミャンマーの旅 カレン州・パアンとモン州・モーラミャイン

2012年3月、5回目のミャンマーの旅の行先は2度目のチャイティーヨと、日本人旅行者には全く知られていない 初めての地、カレン州のパアンとモン州のモーラミャイン周辺でした。

ミャンマーの観光開発されていない、欧米化されていない夜明け前の状態が好きで何度か来ているのですが、全く 同じ場所を三度は、やはり飽きます。
何処かミャンマーで未だ行った事がない所、魅力的な所はないか、とミャンマー 国内の旅行会社のサイトを見ていて、ゴールデンガーデン のページ、「チャイティーヨと、のどか・のんびりの旅カレン州パアンとモン州モーラミャイン」に興味が惹かれ覗いて見ました。

ヤンゴン発着の現地手配五泊六日のツァーです。
費用に含まれるのは=(専用車+ホテル5泊+日本語ガイド)+(ヤンゴンホテル2泊+空港送迎2回)、含まれないのは昼夕食と外国人観光入場料です。
スルー日本語ガイド+専用車ですから当然大名旅行になります。
見積もり依頼のメールの返事は直ぐに戻ってきました。私たちが考えている以上に高い金額提示がありましたので、 こちらのミャンマーの旅の経験・スタイル・要望を伝え、ホテルランクを落としたり、不要なヤンゴン観光、送迎などを削って、 辛うじて、私たちのミャンマー国内の予算に落ち着きました。
詳しい日程・金額は旅のスケジュールと費用をご覧ください。

カレン州 パアン









カレン州パアンとは
ミャンマーは多民族国家です。政府の中枢はこれまでずっと多数派のビルマ族が握ってきましたが、反面、力のある 他の民族、シャン・モン・カレン族との政治的対立、軍事衝突が続いてきました。

カレン族は、ミャンマー・タイ国境地帯に暮らす山岳民族です。タイ北部の観光で有名な首長族もカレン族に属します。
彼らは、独立を求めていると云うよりは、ビルマ族との間にある経済的格差の是正を求めている、と云うのが正しい見方 なのですが、「カレン民族解放軍」と云う軍事組織・軍閥を要しているのも事実です。
この為、外国人のカレン州への観光は出来ませんでした。
「地球の歩き方・ミャンマー」にも、この地域の情報はいっさいありません。しかし、昨年末よりの軍事政権安定により起こった 民主化の流れで、「カレン民族解放軍」との間に協定が出来て、外国人が入れるようになりました。

全くの個人・自由旅行が出来るかどうかは、解りませんが、現地旅行社「G&G」によると特別な許可申請は必要ないとの ですが、州境には、イミグレーションがあり外国人はパスポートチェックがありました。
また、カレン州は、大河に囲まれている為に川にかかる橋のたもとには軍・警察の検問所があります、この検問所は夜間閉鎖され、夜間の 移動が出来ないので、個人レベルの旅は難しいと云うのが実情です。

パアンの観光
パアンに入ると、奇妙な形の山が目立ちます。そしてその山の山頂には必ずパゴダがあります。パアンは「陸のハロン湾」と称されるほど、 石灰岩地形が多く、鍾乳洞も多くあり、これらの風景・鍾乳洞内の佛教遺跡が観光の中心です。

パアンのシンボルは、ゼッカビン(ZWEKABIN)と云う山です。この麓にあるチャウッカラッタタウン寺院から眺める 夕日は、バガンの夕日以上に美しく、最大の観光ポイントでしょう。

紀元7世紀からの歴史がある、鍾乳洞内の寺院コッカタウンの壁面には、何千と云う仏様の彫刻が施されており、ミャンマーの お寺として異質のもので、ここも一見の価値があります。
※ここだけが、外国人料金が発生します。一人3000チャット
外国人が泊まれるホテルは、一軒だけあります。出来たばかりのゾート型ホテルHOTEL ZWEKABIN、JAICAやUNESCO、中国の投資団が 泊まっていました。
大きな、立派なホテルなのですが、観光客は私たちとヨーロッパからの一組だけ。一般的な観光はこれからでしょう。
モン州 モーラミャインカレン州 






モン州の首都モーラミャインは、カレン州に比べると、比較的前から外国人観光に開放されていました。
しかし、日本人観光客の姿は圧倒的に少なく、ヨーロッパの観光客には以前から人気の場所の一つです。

モーラミャインの観光
モーラミャインは、モン州の首都で、古くからゴムの栽培と、アマンダイ海に面している為交易の町として栄えた美しい町です。
町は、中国チベットに端を発しアマンダイ海に流れるタンルウィン川に面しており、川沿いのコストロード・町の中心のセントラルロード・ 仏教寺院が連なる丘陵地帯ヒルロードに分かれている、ミャンマー第3の人口20万の大きな趣のある町です。

観光の中心は、山の手丘陵地帯に連なって建つ寺院群と、そこから眺める夕日と、コストロードから眺めるライトアップされた寺院群です。

モーラミャイン郊外の観光

ヴインセントーヤ
モーラミャインから南へ20km、未完の巨大寝釈迦仏と参道の無数の托鉢姿の僧の像が見所です。

タンビュッザヤ
「戦場に架ける橋」で有名な泰緬鉄道のミャンマー側の起点があります。ここにはこの鉄道に従事し、亡くなった連合国兵士の墓と、 日本側の記念碑があります。
タイのカンチャナブリとは対照的で、訪れる人はほとんどなく、「つわもの共の夢の後」と云う雰囲気です。印象的だったのが、 雑草の覆われた今や列車が通る事のない鉄路の脇にある記念碑でした。
Burma・Thai death railway by Japan start at here

チャイッカミパゴダ
ミャンマーの江ノ島的存在のお寺です。
海上に突き出た潮の満ち引きの大きな岩場に建てられたパゴダで、地元の人の行楽の場にもなっています。
ここのお寺で、住職さんにお昼をご馳走になりました。ミャンマーのお寺では良くあることで、遠い外国から来た 客人をもてなし、泊めることは当たり前にあるそうで、私たちもミャンマー各地で経験しています。
驚いた事に、お粥のおかずにと、日本のふりかけが出ました。何年か前に日本人が来て置いていったそうです。カレン州と 違って、少ないですが日本人観光客はここまで来ているようです。
お寺で預かっている小坊主さんたち全員が集まり、話をするのですが偉いお坊さんの前では、緊張して記念撮影 でもこの表情です。

ビデオカメラで撮影した彼らの映像を再生して見せた時に初めて、少年らしい表情が見えました。

ゴム園
モーラミャインから南下する道沿いは全てゴム園です。帰る途中一般的な一軒のゴム園に立ち寄り、お宅を拝見させてもらいました。 今ゴムの価格は昨年の倍以上で栽培農家は潤っているようです。
国道沿いですが、電気はまだ来ていないのですが、TV・電灯はありました。全てバッテリーで使用 しており、町にはバッテリー充電専門店があり、スペアを常に預けてあるそうです。 カレン州・パアンとモン州・モーラミャインの旅は、今までのミャンマー大観光地の旅では見られない 豊かな・自然あふれる地方とそこに暮らす人々に接する楽しい旅でした。

個人旅行者の為の特選ミャンマー 世界遺産情報リンク

ゴールデンガーデン 日本語ペラペラ女性社長が経営・きめ細やか、スピーディな対応をする。
ヤンゴンナウ ヤンゴンにある、日本人経営の大手旅行会社
Myammar PLG ヤンゴンにあるもうひとつの日系旅行会社
ミャンマーエクスプローラ ミャンマーの超秘境地域・少数民族を扱う現地旅行会社
大使館ビザ情報 東京近郊の方は、ビザを自分で簡単にとれます。
ミャンマー国内線情報 国内線のタイムテーブルと料金の目安が解ります。
エーヤーワディ 1000枚以上のミャンマーの写真を中心としたサイト

ミャンマー 聖地チャイティーヨパゴダ(ゴールデンロック)

ミャンマー ヤンゴン川の向こう側

ミャンマー Photo Slide Movie 風景とそこに暮らす人々

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