東人の出戻り浜生活近隣散策習志野市(10)

東金街道

   
 千葉県道69号は、津田沼駅の北口近くから大久保方面に続く道であるが、その途中の藤崎交番前交差点付近に、「東金街道」の説明が設置されていた。
 
東金街道


 東金街道は、慶長19年(1614)に徳川家康の命を受けた佐倉城主土井利勝によりつくられました。沿道九十数カ村に石高に応じた担当区間が割り振られ、昼夜の別なく25日間の短期日で完成させたといい伝えられ、別名「御成街道」・「提灯街道」・「一夜街道」とも呼ばれています。全長は約32キロメートル、起点の船橋大神宮付近には船橋御殿、終点の東金には東金御殿を設け、ほとんど一直線で結ばれています。将軍の鷹狩り道路としてつくられましたが、周辺諸大名や農民の動向などを知る目的もあったといわれ、築造されてから17年の間に家康・秀忠・家光の三代の将軍が計11回使用しました。
 なお、南方70メートル地点の東西に走る古道は、東金街道がつくられるまで村々を結ぶ主要道路でした。

 昭和56年3月
 
習志野市教育委員会
 


藤崎古道

   
 藤崎交番前交差点から少し南に、「藤崎古道」の標識がある。
 高台までの短い坂道であるが、木が生い茂った階段状の道であった。
 
 


大イチョウ・筆子の碑・弘文学校

 藤崎交番前交差点の南側、正福寺の前に習志野市名木百選に選ばれたイチョウの樹があり、「大イチョウ・筆子の碑・弘文学校」の説明が掲げられていた。
 
大イチョウ・筆子の碑・弘文学校


 この大イチョウは、もともと正福寺境内の中心にありましたが、市道を通したため境内が二分され道路上に残されたものです。樹高約20メートル、目通り幹囲約4メートル、根廻り約11メートル、樹齢約400年と推定され、昭和51年7月16日習志野市指定天然記念物に指定されました。
 また、観音堂裏手の筆子中の碑は、安政5年に没した田久保伊助師匠を偲んで弟子たちが建てたものです。
 師匠は、正福寺で近村から筆子(弟子)を集め寺子屋を開いて、初歩的な読み・書き・そろばんなどを教えていました。台石には、教えをうけた近隣七ヶ村、67名の筆子の名が刻まれています。
 その後、大正4年5月、当時の正福寺住職川島晃阿氏は、正福寺本堂を利用して私立弘文学校を開設し、昭和16年住職が没するまでの間に、190名が卒業しました。

 昭和56年3月
 
習志野市教育委員会
 

習志野市名木百選
指定番号 30
樹種名 イチョウ
科名 いちょう科
樹木説明 推定樹齢400年といわれる古木。
市の天然記念物に指定している。

2002年11月15日指定
習志野市


ガス灯

   習志野市の企業局は市役所とは離れた所にあるが、その前にガス灯が設置されている。
 企業局は市のガス、水道事業を行っている部署で、そのためにガス灯があるのだろう。
 このガス灯は古い物のようにも思えるが、どこで、いつまで使われていた物かは分からない。