平成十三年”歩道”投稿
平成十二年”歩道”投稿
旅の記憶
雑詠平成十二年二月
イタリア紀行
短歌正月
短歌十一月
短歌十月

   


平成十三年”歩道”投稿    父母ともに書の美しき人なりきわが拙きはいづくより来し    文字書くに震へし父の手その性は子たる縁か我が手の震ふ    ナイフにて鉛筆削りしことなしといふ学生が目の前に居る    をりをりの寺の通信その肩にキリスト歴を記して届く    耳奥に蝉なく如き音絶えず世の常の人如何ならんや    唐楓の紅葉を描かんと待ち居たる並木口惜し剪定さるる    難病の妻の介護に尽くす友ホームページにそを書き綴る    早朝にはじめしホームページの改作を夕餉の声にようやく終ふる    母の背に頬押し当てて目をつむる負はれんことを乞ひし幼は    母の背はさにも良きかとやすらけき汝が顔見ればわれも安らぐ    若き等と学び遊ぶを楽しみきいまは絵を描きひとり楽しむ    画架据えて有馬茶会の寺跡の紅・黄・緑葉描きわけてゆく    紅葉を前に剪られし並木々のこぶしの如きが冬日にならぶ    楢の木の初冬の姿おそはりて親しみ増しぬこの里の山    確かにて老の進みを感じつつ冬の日のさす床に臥しおり    コンピューターとともに過ごしし四十年捨てたるものに値するかは    朝餉しつつ芝の緑に目をやりて妻はこの家去りがたき云ふ    娘また妻のせしごと庭見やり育ちし家の失せるをなげく    冬の日は冷たきがよしうっすらと積もりし雪踏み新聞をとる    賀状来ぬ卒業生はこの日々を如何に過ごすや不況に会ひて    前に居る老女何思ふその眼食の間ときに遠くを見つむ    枯れ芝の庭の日差しも和らぎぬ春も近しと妻と語らふ    この家を去る日も近き朝晴れて国旗掲げぬ建国記念日    あご載せて鏡に映る老の顔直前に見る歯科レントゲン    どんど焼き告げる町内回覧板お守り札は不可と記せり    枯れ芝の庭の雑草生え初めてこの家を去らん残すは二日    わが為の送別の宴その席にて国旗の是非をあらがひたりき    東国に移り住む今日曇り空背に伊吹山の頂き白し    旅慣れぬ妻に指さし示す富士頂の雲今し去りゆく    厚く広き硝子の窓が外を隔つマンションの居間の明るきに居り    窓外に緑の見えぬわが食堂カポック一鉢置きて慰む    ごうごうと風切る音は春嵐寝ころびて聞くマンション四階    玄関を出ずれば花屋にケーキ店マンションに住むを妻は喜ぶ    転居せる住まひのやうやく整へば書物の頁を初めて開く    生徒中男はわれのひとりにてかしましき中描く淡彩の花    若き日に死すべき病に臥たるを生きて七十歳父母に感謝す    風吹けば土埃朦々と巻き上がるここ房総にわが果つるべし    三方を書棚が囲み北面に小さき窓ありここがわが城    こちこちと時計の刻む音耳にロッキングチェアに読書しており    木々茂る六甲の森に小鳥聞くそに代ふるものありや習志野    マロニエの並木を写生するわれに老も若きも声かけてゆく    足早に歩幅も広く歩む吾を若きおみなが追ひこしてゆく    朝餉済み妻は広告眺め居るゆるりと始まる老の一日    検査表のチェックマークの一つ増ゆ老の階段のぼるがごとく    六甲の坂に立ち居り新緑の目に沁むるとはこれを云ふかと    わが表札をそのままにして去りし家雑草生ひてパンジーの咲く    自らにわが教え子と人語るわれには云えぬと思ひつつ聞く    町中に残れる農地その中の小さき森の小さきやしろ    地図を手に歩む習志野ゆるゆると坂をのぼれば墓地に菊咲く    わが性の悪しきところを享けしかと娘の所作を憐れみて見る

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平成十二年”歩道”投稿    我が生はなにをなししやとふと思ひ絵筆もつ手の暫し萎えたり    わが生に重なりたりし社会主義調べんと来し図書館の書庫    薄暗き書庫に入り来て手にせるは「社会主義は既に化石か」    図書館を出でて石段降りゆけば木立の中の学の静いつ    女児演ず曽我の対面投げ銭の数多くとぶ農村舞台    職辞して漸く四季を知る日もつ秋草尋ね義経道ゆく    配達のバイクの爆音待ちかねてとる朝刊に目を引く記事なし    字を読めるとおさなはわれに電話する一字一字を区切り区切りて    百日紅漸くにして色褪せぬ秋も近きか未だ暑きに    人工のせせらぎのある緑道に水引草のつつましく咲く    街路樹のゆりの木いつしか黄ばみたり車駆りゐて秋近き知る    送りたるざしきわらしの児童書に面白さうとおさなは告げる    漱石は拙を守を旨とせりわれは如何とかえりみてみる    気ままなるわが性なれば大学に職を得しこと母よろこびき    わが訳を高安国世師ほめくれし敗戦直後の暗き教室    ゆく道はわれこそ選ばん先達のあらまほしきは諾ふなれど    自由主義擁護のノートをつくること余生になさん目標のひとつ    本を捨て親の残しし品捨てて老人ホームに移る準備す    老人ホームに絶対入るなわが側へ来よ娘の電話語調の強し    京神戸山青き地に暮らし来て今移らんとする東国のまち    知る人の無き地に移る不安云ふ妻の繰り言わが黙し聞く    今はだた娘の心に従がわん老の行く末知る術なければ    わが学の彷徨のあと記したるノートも今は灰となるべし    庇帽ズボン姿にてわれ迎ふ娘の姿たくましく見ゆ    自転車を押しつつわれと歩みゆく娘は主婦業十年と云ふ    この町に住む者斉しく老いたるか公園に子等見ず夏日照り居る    五十年職にとらはれとらざりし絵筆をとりてひたすら描く    眉薄くくちびる薄くいろくろし母に似しかと自画像描く    白菊の小さき二本イタリアのひなにてえたるデカンタに活く    静物として絵描きし林檎用済めば今日は朝餉の卓に載せたり    アフリカの民の悲惨を告ぐるなり英語テレビは淡々として    洪水旱魃部族の争ひ病満ちアフリカの民は苦の中に生く    アフリカに苦をもたらししは誰ぞ知るや今なほ動く白き魔の手を    六甲の山裏なれば花遅きこの坂上ればわが家へ五分    新興の宅地なりしに年経ればなだりの桜いま咲き盛る    やや青む並木道ゆく木の芽風とふ言葉今覚えしばかり    芝庭はわが夢なりき温き日に十坪ばかりの雑草を抜く    この家に居るもいつまで朝日差し空青々とパンジー盛る    コンピューターとともに歩みしわが生は性にあひしか遂には知らず    職辞して解きたき問のなほあれど糸口見えず時の過ぎ行く    総てをば解せんことを欲せずと淵明云ふはわれをやすんず 戻る
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旅の記憶    見はるかす大渓谷は刻々と色移りゆく千古のしじま    アパラチャ山脈こゆる飛行機揺れたれば地に立ちてなほ揺るるごとしも    桑港のたたずまひなる彼の国の時の勢ひ写すを感ず    ひまわりの広がる畑中直線にディーゼルカーはひたすら走る    帰路の機中彼の地に得たる書を読めばわがキャンベラへの謎は解けゆく    一神を信ずることの難き描く「深い河」われを導くままに    朝昏く茫漠のなか鈍き日の昇りくる見ゆ聖なる河に    黄に濁る果てなき流れガンガーに花片囲みしろうそく流す    ひとつとて同じものなきチャイの杯素朴を愛でて持ち帰りきぬ    幼き日の想ひ新たに前に在すガンダーラ佛をわが見飽かなく      戻る
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雑詠平成十二年二月    開発の波寄せ来たり氏神の小さき社山蔭に存す    村社の字薄れし鎮守誰が守るや砂盛りたてて門松の立つ    神存さぬ御輿を担ぐ子供らがショッピングセンターの中練り歩く    山川に草木になべて神ませばまこと日本は神の国なれ    石垣の上のこの家二十年棲みこし証かとかげ這ひ居る    冬晴に梢梢の綾なして遠きは煙る直線並木    七十歳の教職辞ししその夜に絶えて見ざりし試験の夢見つ    地震の後しばし記憶をさまよひて寒夜の床に眠られず居り    娘婿の勤る会社不振なる妻と憂ひて冬の日過ごす    九十翁白川先生ししとしてなほ学究む姿尊し    老の歌多き歌集の「歩道」読み歌を習はんわれ七十歳 戻る
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イタリア紀行    ヴェネチアは二度の訪れ身も軽くヴァポレット乗り大運河ゆく    秋の日に崩るる航跡見入るかな見納めならんカナルグランデ    狭き露路のその突き当たり名の高き建築大学箱のごと建つ    加はるは最後とならんこの集ひわが名を呼ばれ記念品受く    秋晴れのラグーナ巡る船旅に国際会議のフィナーレ楽し    若者に「ジェラートどう」とすすむれば「日本にもある」と軽く云はれし    山頂の古き町並道狭く先知れぬまま車を進む    なりはふはおうなとおきな古びたる侘しき宿の階段ひろく    夕暮れてオルビエートの教会の鐘の音聞ゆ鎧窓辺に    退くときを誤たざりしを喜ばんmailの来ぬは寂しけれども 戻る
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短歌                       平成十一年正月

  英文論文 返り来し添削されし論文を直しゆくなりポツリポツリと 幾冊も書は読みたるに教職を終へなんいまなほ書けぬ英文 妻が我が短歌をはじめしを笑ふ 送り来し短歌の書見し妻笑ふ汝が性まさに汝が母のそれ ひとつことにしばし夢中に取り組めどいつしか飽きて次ぎをはじむる    受け継ぎし性はさがなりそれなりにとにかくやるさ飽きりゃそれまで ドクター頼藤の人生相談 「夫婦たるは諦観にあり」いへらくはドクター頼藤人生相談 よくいへり我らが夫婦もともかくにそれに違はずその日暮らしつ 家路 山の端の夕暮れの空ほのしろく枯れにし梢影絵のごと見ゆ 車駆る家路の窓に折々の景色見る日もあとわずかにて 戻る
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 短歌                    平成十年十一月

    文化の日に 青空の明治を偲ぶ秋の日に国旗掲ぐは我が家のみとは 中国残留孤児の語れるを見て すばらしき祖国にありと帰国孤児その喜びをテレビに語る 祖国なることのは絶えて国民といふもはばかる国となれるに 立石寺詣で 山寺の高き石段休みつつ一歩一歩と登りきりたり 下り来し山門前に店ありて円仁さんとふ餅を購ふ 開基せるは入唐求法巡礼記記しし和上と伝へ来しとか 焦翁の句にて聞こゆるこの寺を訪ひし甲斐増せる心地す     向井女の宇宙船からの歌 向井女の宇宙船より送る歌稚拙と見れどほほゑましくあり     五、七、五の歌の調べはこの国の心をしめす道と知りてぞ 兄弟の人生 若者とともに過ごせし三十年を思ひ返せば悔ひわずかなり 男のみの同胞四人集へるに職楽しきと云ふは我のみ 親ともにひとつの鍋をつつきしに苦多き道辿り来しあり ひと見れば栄達せしと云ふべきを職に楽しきなしと云ふあり それぞれに性に合ひたる道あらばいま自由なるときを楽しめ     父子 父のことふと偲ぶのは遣はれし長州なまり口にしみるとき 文字書くに震へし父の手その性は子たる証か我が手の震ふ 百日紅 ふと過ぎし路傍の庭の百日紅幼き頃の我が家想はす 大文字の麓にありし我が家の庭の隅なる百日紅木を     弟の訪なひしとかそのあとを我訪なはむ心起こらず 戻る
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 短歌                    平成十年十月

 戦ひに敗れし空を外国の機長き雲の尾ひきて飛びゆく 戦ひのあとのしじまにひと筋の雲の横切りし空は残れり いまや空は我が空ならずその雲はなほまなかひにあり 山峡の宿場のまちを訪なひて間遠き列車を秋の日に待つ  この国の古きを伝ふまちまちの静けき姿とどめてしがな  すすき野の中なる墓地に読経終へ伝へ来し碑を移す今日かな  畑地の細きこの道今されば歩めることのまたとなからむ  長雨もやみ日差し来て木犀の匂へる縁にしばしたたずむ  積もりこしなすべきことのおほけれど軽き書を読み過ごす秋の日

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