波留敏夫って?


食後で眠そうな?波留さん 1970(昭和45)年5月25日生まれの35才。ふたご座 A型です。
京都府出身で、大宅小−勧修中−京都大谷高−熊谷組−横浜ベイスターズ('94ドラフト2位)−中日ドラゴンズ('01)−千葉ロッテマリーンズ('03)−クラブチーム熊球クラブ入団 兼 野球解説者('05)

身長174cm 体重76Kg と野球選手にしては小柄な体格ですが、それをハンデと感じさせないガッツ溢れるプレーと、野性のカンが閃いた時の勝負強さ、そして天性のお茶目な性格でムードメーカーとなり、'98年の横浜ベイスターズの日本一に貢献しました。

テレビなどでは、お茶目な面がクローズアップされて目立ちたがりやの三枚目のように写っていますが、実際はとってもシャイで超真面目な方です。

ラッキーカラーは赤とシルバー。赤のリストバンドがトレードマークです。
'03からは、マリーンズカラーにイメチェンしたのか、リストバンドとバッティンググローブの色が黒×シルバーに変わりました。心機一転ロッテで再スタートを切ろうという意気込みの現れでしょうか。

《ここ数年の波留さん》

***2000年***
波留さん個人は好調なスタートを切りながらもチームは低迷。5月21日(対阪神戦)試合中に左足大腿部を痛めましたが、驚異的な回復力で6月7日に復帰。翌6月8日の試合では8号ソロ本塁打を含む猛打賞の活躍をしました。しかし6月16日に痛みが再発し、検査の結果「左大腿二頭筋けん炎」と診断され登録抹消。以後シーズンのほとんどを治療とリハビリに費やしました。
シーズン終了後、西武ライオンズ投手とのトレード話がスポーツ紙に載りましたが、無事契約更改。

***2001年***
復活の年としたかったのですが、春季キャンプ直前に足を故障。キャンプから2軍スタートとなりました。
3月中旬に1軍合流しましたが、出場機会を増やすためなんと3塁の守備をする羽目に( ̄□ ̄;)ガーン
開幕はベンチで迎えました。スタメン出場は少なく、代打もしくは代走ばかり・・・。
そして、運命の日4月20日。中日ドラゴンズ種田仁内野手、山田博士投手とのトレードが発表されました(号泣)
この日を境に私柳こはるもベイスターズファンからドラゴンズファンへと移籍しました。
突然のトレードと慣れないホテル暮らしでなかなか調子が上がらなかった波留選手も、移籍後1ヶ月ほどでなんとなく波に乗りかかった矢先、今度は1塁にヘッドスライディングをした時に左肩を亜脱臼(>_<)またまたリハビリ生活です。肩の調子が良くなってきたと思ったら今度は太股に違和感。結局、波留さんもドラゴンズも波に乗れないままシーズン終了となりました。

***2002年***
正月番組からやってくれました。ボウリングの腕はダメダメだったけど、番組的には大貢献。大人しいドラゴンズのイメージを変えてくれました。
春季キャンプでも一番大きな声を出して元気いっぱい!やっと明るい敏夫が帰ってきた!!
開幕スタメンで初戦にヒット、2戦目にタイムリーを打つなど調子良くスタートしたものの、あらら???5試合目からはなぜか代打要員に。波留選手って代打はあまり得意じゃないんです。燃え過ぎちゃって・・・(^_^;)
試合に出たり出なかったりですっかり打撃不振になってしまった波留さんは、7月始めに登録抹消。
もうそろそろ1軍復帰かという7月25日、ウエスタン・リーグ対近鉄戦で右手首に死球を受け「右手前腕尺骨骨折」との診断を受けました。9月6日にギプスが外れたそうですが、シーズン終了まで波留選手の姿を見ることはできませんでした。(T_T)
そして11月15日、千葉ロッテマリーンズ酒井選手との交換トレードが成立し、来期からは千葉ロッテでプレーすることとなりました。背番号はドラゴンズの時と同じ『8』。番号を譲ってくれた清水選手とファンの皆さんに納得してもらうためにも、来期は「これぞ野性児波留敏夫!」というようなガッツ溢れるプレーで試合を盛り上げて欲しいです。

***2003年***
やっぱり波留さんはキャンプからエンジン全開です。練習でも一番大きな声を出してすっかりチームに溶け込んでいる様子。というか既に外野のリーダー的存在になってます。リーグが変わって不安はあったと思いますが、ベイスターズ時代に一緒だった井上純選手や大谷コーチなどがいたので少しは気が楽だったのではないでしょうか。
しかし、生真面目な性格ゆえ(?)「結果を出さなアカン」という気持ちが空回りしてか、オープン戦から打撃面ではイマイチ調子が上がってきません。開幕後も打撃の調子が上がらず、1軍・2軍とも出場機会が少ない1年でした。シーズン終了間際には『来期の戦力構想から外れる』という記事まで書かれて、ファンとしても心の準備をしなくてはいけないかと思いましたが、なんとか契約更改することができました。波留さん本人も今年は本当に辛い年だったようです。苦しい中、よく1年頑張ってくれたと思います。
来シーズン、バレンタイン監督の元で良いスタートをきるためにも、充実したオフを過ごしてほしいものです。

***2004年***
今年の波留さんはオープン戦から調子良かったのです。開幕戦では、1番打者として西武松坂投手の第1球を見事に弾き返してチームの勝利に大貢献!!なのになのに・・・またしてもスタメンから外されてしまいました。代走とか守備固めとかそんな形でしか試合に出られない日が続き、そうこうしているうちに、井上純選手と入れ替えに登録抹消されてしまいました。2軍にいる間に肉離れなどあちこち故障してしまったらしく、夏場はほとんど試合出場なし。8月の終わりに試合復帰してからは打撃上向きで1軍復帰もあるかと期待していましたが、結局2軍のままシーズン終了。そして、9月24日。戦力外通告をされてしまいました(号泣)シーズンオフにトライアウトを受けたものの、残念ながら引退されました。まだ、絶対続けられたと私は信じています。

***2005年***
野球解説者として、新しい人生を歩み始めた波留さん。関西人らしく、しゃべりはとても上手です。熊谷組OBで作るクラブチーム「熊球クラブ」にも入団されたそうです。でもでも、現役復帰して、楽天に入ってくれないかな〜と思っているのは私だけでしょうか?

***2006年***
外野守備走塁コーチとして、波留さんがベイスターズに帰ってきました!!!またユニフォーム姿を拝めるとは・・・(感無量っす)。
選手として良い時も悪い時も体験している波留さんだから、きっと選手から慕われる良いコーチになるでしょう。波留さんのガッツを若手の選手に注入してあげてください。


[HOME]